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第10話:悪役令嬢は、世界で一番甘い監獄で愛を食す


 かつて「奈落監獄」と呼ばれた場所は、今や世界で最も美しく、そして最も芳醇な香りが漂う聖域へと生まれ変わりました。

 高くそびえる石壁には色とりどりの旗が掲げられ、窓からは「美食公国」の誕生を祝う歌声が響いてきます。


 今日は、わたくしリリアーヌと、公国初代公王となったギルバート様の婚儀の日です。


「……リリアーヌ。本当に、綺麗だ」


 公王の正装に身を包んだギルバート様が、わたくしの控室に現れました。

 銀の瞳を細め、熱っぽい視線でわたくしを見つめます。その手には、わたくしが今朝焼き上げたばかりの「純白の月見小麦パン」が握られていました。


「あら、ギルバート様。お式まであと少しですのに、つまみ食いはいけませんわよ?」


「……すまない。だが、この焼きたての香りにだけは、どうしても抗えなかった。貴様の作るパンは、一口食べるだけで魂が震える。……俺は一生、この味に縛られて生きていくのだな」


 ギルバート様は幸せそうに、最後の一口を口に運んで飲み込みました。


「ええ。一生、逃がしてあげませんわ。……さあ、参りましょうか。皆様が待っていますわよ」


 わたくしたちが広場へ姿を現すと、割れんばかりの歓声が上がりました。

 そこには、かつての看守たちも、そして今や公国の誇り高き兵士となった元囚人たちも、全員が最高の笑顔で並んでいました。


 広場の中央には、わたくしが腕によりをかけて用意した「建国記念フルコース」が並んでいます。


 メインディッシュは、幻の魔獣から獲れる最高級肉を贅沢に使った『神龍牛の赤ワイン煮込み・完熟焔リンゴのソース』。

 そしてデザートには、あの黄金プリンを巨大なタワーに積み上げた『祝福のウェディング・プリンタワー』がそびえ立っています。


「さあ、美食公国の建国と、わたくしたちの門出に! 存分に召し上がれ!」


 わたくしの宣言と共に、祝宴が始まりました。


「うおおおっ! なんだこの肉の柔らかさは! フォークを入れただけでホロホロと崩れやがる! ソースのコクが肉の旨味を何倍にも引き立てて、舌がとろけそうだぜ!」


 最前列に陣取ったバルカスが、大きな肉の塊を口いっぱいに頬張り、涙を流して叫びました。


「姐さん、おめでとうございます! このスープも最高ですよ! 『天空牛のミルク』と『真珠タマネギ』の甘みが五臓六腑に染み渡る……。あぁ、この国に生まれて本当に良かった!」


 ハンスも、スープを最後の一滴まで飲み干し、感極まった様子で空の器を掲げました。


「これほど幸せな食卓が、この世にあるなんてな。……リリアーヌ、貴様は本当に、俺たちの救世主だ」


 ギルバート様が、わたくしの隣で黄金プリンを一口食べ、安らかな微笑みを浮かべました。

 かつて「氷の死神」と恐れられた冷徹な横顔は、今や愛する妻の料理によって、この上なく優しく溶かされていたのです。


 その頃。

 美食公国の噂を聞きつけ、飢えに耐えかねた王都の民たちが、次々と国境を越えてこちらへ押し寄せていました。


 一方、王宮の地下牢には、かつてわたくしを追放した者たちの姿がありました。

 王太子ジュリアン、そして「偽の聖女」であることが露見し、民の怒りを買ったメルティナです。


「……お腹が、空いたわ。ジュリアン様、何か、食べるものを……。あの、泥の粥でもいいから……」


 メルティナは、汚れ果てたドレスを纏い、カサカサに乾いた声で懇願しました。


「うるさい! 僕だって腹が減っているんだ! リリアーヌ……リリアーヌの、あの黄金のカツが食べたい……! なぜ、僕は彼女を手放してしまったんだぁぁっ!」


 ジュリアンは冷たい石の床を叩き、絶叫しました。

 ですが、彼らに差し出されるのは、魔力を失い、腐りかけた一切れの干しパンだけ。

 わたくしという「真の聖女」を失い、食の加護が消え去った王国では、王族であっても満足な食事にありつくことは二度とできないのです。


 後悔は、最も苦いスパイスですわ。

 どうぞ、その不味いパンを噛み締めながら、永遠にわたくしの料理を夢に見ていなさいな。


 美食公国の夜は、煌びやかな光に包まれて更けていきます。


「リリアーヌ。夜食には、またあのプリンを作ってくれるか? ……今夜は、誰にも邪魔されずに、二人きりで味わいたい」


 ギルバート様がわたくしの腰を引き寄せ、耳元で甘く囁きました。

 その視線には、食事だけでは決して満たされることのない、わたくしへの深い執着が宿っています。


「ふふ、よろしいですわ。……ですが、食べすぎには注意してくださいませ? あなたの胃袋も、心も、わたくしが一生をかけて、たっぷり甘やかして差し上げますから」


 わたくしは彼を見上げ、最高の笑顔で答えました。


 ここは、世界で一番甘い監獄。

 わたくしたちは、愛と美食という名の鎖で、永遠に結ばれ続けるのです。


(完)


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