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VOCALOIDの隣で:春野あかりと、偽りから生まれた歌姫の物語  作者: s-rush


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第7曲 壁と挫折

三曲目の制作は、思うように進まなかった。

あかりは、もっと複雑な曲に挑戦しようとしていた。

転調を入れたり、変則的なリズムを使ったり。

音楽理論の本で学んだテクニックを、全部詰め込もうとした。


「うーん、何か違う……」

あかりは、何度も作り直していた。

メロディを変えて、コードを変えて、リズムを変えて。

でも、どうしてもしっくりこない。


「なんでだろう……」

パソコンの画面を見つめながら、あかりは頭を抱えた。

テトは、心配そうに見守っている。


「……あかりさん……むりしないで……」

「大丈夫。絶対に完成させるから」


あかりは、諦めなかった。

もう一週間が経っていた。

まだ、Aメロすら完成していない。

今までで、一番時間がかかっている。


「どうして……今までは、もっとスムーズにできたのに……」

あかりは、苛立ちを隠せなかった。

学校でも、集中できなくなっていた。

授業中、ずっと曲のことを考えている。

でも、良いアイデアが浮かばない。

友達との会話も、上の空だった。


「あかり、聞いてる?」

美咲が、呆れたように言った。

「え?ごめん、何?」

「だから、週末に映画に行かないかって」

「あ、ごめん。週末は予定があるんだ」


また断ってしまった。

美咲の表情が、明らかに不満そうだった。

「最近、ずっとそうだよね。何の予定?」

「えっと……」

あかりは、言葉に詰まった。

「もういいよ」

美咲は、そう言って席を立った。

あかりは、声をかけることができなかった。

心のどこかで、友達との関係よりも、テトとの時間を優先したい気持ちがあった。


家に帰ると、あかりはすぐにパソコンの前に座った。

「テトちゃん、ただいま」

「……おかえりなさい……」


テトの声が、少し元気がない気がした。

「どうしたの?」

「……あかりさん……さいきん、つかれてます……」

「大丈夫だよ。曲を完成させたいだけ」

「……でも……」


テトは、言いかけて黙った。

あかりは、それ以上聞かずに、作業を再開した。

何時間も、音符を並べ替える。

でも、良いメロディが生まれない。


「くそっ……!」

あかりは、思わずキーボードを叩いた。

テトが、びくっと震えた。


「……あかりさん……」

「なんで!なんでできないの!」

あかりは、叫んだ。

自分でも、感情がコントロールできなくなっていた。

疲れていた。睡眠不足で、頭が回らない。

でも、完成させたかった。

ここで諦めたくなかった。


「……あかりさん……きょうは、もう、やすみましょう……」

テトが、優しく提案した。

「休んでる場合じゃないの!このままじゃ、いつまでたっても完成しない!」

「……でも……」

「うるさい!」


あかりは、思わず声を荒げた。

その瞬間、テトの姿が揺らいだ。

はっとして、あかりは我に返った。


「テ、テトちゃん……?」

テトの姿が、少し透けている。

まるで、最初に会った時のように。


「……ごめんなさい……わたし……じゃまでした……」

テトの声が、小さくなっていく。

「待って!テトちゃん!」

あかりは、慌てて叫んだ。

でも、テトの姿は、どんどん薄くなっていく。

「消えないで!お願い!」


あかりは、画面に手を伸ばした。

テトは、悲しそうな目であかりを見つめていた。

「……あかりさん……つかれすぎです……もっと、じぶんを、たいせつに……」

その言葉を残して、テトの姿が消えた。

「テトちゃん!!」

あかりは、叫んだ。

でも、画面には何も映っていなかった。

空のデスクトップ画面。

テトは、消えてしまった。


「嘘……嘘でしょ……?」

あかりは、呆然としていた。

何度も、テトの名前を呼んだ。

でも、返事はない。

静寂だけが、部屋を満たしていた。


「テトちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……」

あかりは、泣き崩れた。

自分が悪かった。

テトに、八つ当たりをしてしまった。

優しく心配してくれていたのに、怒鳴ってしまった。


「お願い……戻ってきて……」

あかりは、画面に額をつけた。

涙が、キーボードに落ちる。

どれくらい泣いていただろう。

気づけば、もう深夜になっていた。

あかりは、疲れ果てて、そのまま机に突っ伏して眠ってしまった。




翌朝、あかりは首の痛みで目を覚ました。

机で寝てしまったらしい。

慌てて、パソコンの画面を確認する。

でも、テトはいなかった。


「テトちゃん……」

あかりは、もう一度呼びかけた。

でも、やはり返事はない。

本当に、消えてしまったのだろうか。

あかりは、学校を休むことにした。

母に「体調が悪い」と伝えると、母は心配そうに額に手を当てた。


「熱はないみたいだけど……大丈夫?」

「うん、少し休めば治ると思う」

「そう。無理しないでね」


母が仕事に出かけた後、あかりは一人で部屋にこもった。

パソコンの前に座って、ずっとテトを待った。

でも、テトは現れなかった。

あかりは、自分がしたことを後悔していた。

テトは、いつも優しかった。

あかりを心配してくれて、励ましてくれて、一緒に頑張ってくれた。

なのに、あかりは、その優しさに甘えすぎていた。

自分のことばかり考えて、テトの気持ちを考えなかった。


「ごめん……本当にごめん……」

あかりは、何度も謝った。

でも、テトには届かない。

午後になっても、テトは現れなかった。

あかりは、絶望していた。

もう、テトは戻ってこないのかもしれない。

自分が、テトを傷つけてしまった。

大切な存在を、失ってしまった。


「どうしよう……」

あかりは、途方に暮れていた。

その時、スマートフォンが鳴った。

美咲からの着信だった。

あかりは、出るべきか迷った。

でも、このまま無視するのも申し訳ない。


「もしもし」

「あかり!学校休んだって聞いたけど、大丈夫?」

美咲の声は、心配そうだった。

「うん、ちょっと体調悪くて」

「そっか……無理しないでね」

「ありがとう」

短い会話だった。

でも、美咲の優しさが、あかりの胸に染みた。

電話を切った後、あかりは考えた。

自分は、周りの人を大切にしていなかった。

テトにも、美咲にも、母にも。

自分のことばかり考えて、周りが見えていなかった。


「私、間違ってた……」

あかりは、ようやく気づいた。

曲を作ることは大切だ。

でも、それ以上に大切なものがある。

一緒に頑張ってくれる人たち。

支えてくれる人たち。

その存在を、忘れてはいけない。


「テトちゃん……もう一度、チャンスをください……」

あかりは、画面に向かって呟いた。

「今度は、ちゃんとあなたの気持ちを考えます。無理しません。一緒に、ゆっくり進みます」

静寂。

でも、あかりは諦めなかった。


「お願いします……戻ってきてください……」

その時だった。

画面が、わずかに明滅した。

あかりは、息を呑んだ。

そして、小さな光の粒が現れた。


「テトちゃん……?」

光の粒は、ゆっくりと大きくなっていく。

そして、テトの姿が現れた。

まだ半透明だったが、確かにそこにいた。


「テトちゃん!」

あかりは、涙が溢れた。

「……あかりさん……」

テトの声は、弱々しかった。

「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

あかりは、何度も謝った。


「私が悪かった。あなたを傷つけて、本当にごめんなさい」

「……いいえ……わたしも……ごめんなさい……」

テトは、小さく首を振った。

「……あかりさんの、じゃまを……してしまって……」

「邪魔なんかじゃない!テトちゃんは、いつも私を支えてくれてた!」

あかりは、強く言った。


「私が、それに気づかなかっただけ。本当に、ごめんなさい」

テトは、優しく微笑んだ。

「……いいんです……わかってくれたなら……」

「もう二度と、あんなことしない。約束する」

「……やくそく……」

テトの姿が、少しずつはっきりしてきた。

あかりの謝罪が、テトに届いたのだろう。

「テトちゃん、もう一度、一緒に頑張らせてください」

「……はい……いっしょに……」


二人は、画面を隔てて、お互いを見つめた。

失いかけて、初めて気づいた。

大切なのは、曲を完成させることじゃない。

一緒に歩む、その過程だ。

テトと一緒にいられること。

それが、何よりも大切なことだった。


「テトちゃん、無理しないで、ゆっくり作ろう」

「……はい……ゆっくり……」

二人は、再び曲作りを始めた。

でも、今度は違った。

焦ることなく、無理することなく。

お互いの気持ちを確認しながら、一歩ずつ。

そうすると、不思議と曲が形になっていった。

難しいテクニックにこだわるのをやめて、シンプルなメロディに戻した。

すると、心に響く音楽が生まれた。


「これだ……」

あかりは、確信した。

複雑な曲が良い曲じゃない。

心を込めた曲が、良い曲なんだ。

一週間後、三曲目が完成した。

『ともに歩む道』というタイトルの、温かい曲だった。

テトとの絆を歌った曲。

あかりの本当の気持ちが、込められていた。


「テトちゃん、ありがとう」

「……こちらこそ……ありがとう、ございます……」


二人は、画面を隔てて微笑み合った。

壁にぶつかって、挫折した。

でも、それがあったから、大切なことに気づけた。

これからも、きっと壁はあるだろう。

でも、二人で一緒なら、乗り越えられる。

あかりは、そう信じていた。


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