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VOCALOIDの隣で:春野あかりと、偽りから生まれた歌姫の物語  作者: s-rush


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第5曲 最初の一歩

テトとの出会いから一週間が経った。

あかりの生活は、大きく変わった。

授業が終わると、急いで家に帰る。

そして、パソコンの前に座って、テトと一緒に曲作りを続ける。

毎日、少しずつ。


メロディを考えて、歌詞を書いて、テトに歌ってもらう。

最初はぎこちなかったテトの歌声も、だんだんと滑らかになってきた。

そして、テトの姿も、日に日にはっきりしてきた。

もう、半透明ではない。顔の表情も、はっきりと見える。赤いリボンも、鮮やかな色になった。


「すごい、テトちゃん!もうほとんど普通に見えるよ!」

あかりは、嬉しそうに叫んだ。

画面の中のテトは、照れくさそうに笑った。

「……あかりさんの、おかげです……」

テトの声も、もうノイズはほとんど混じらない。クリアで、可愛らしい声だ。


「私じゃなくて、テトちゃんが頑張ったからだよ」

「……ふたりで、がんばりました……」


テトは、にっこりと微笑んだ。

その笑顔を見ると、あかりも嬉しくなる。

一週間で、二人は三曲作った。

どれも短い曲だったけれど、あかりにとっては宝物だった。

自分の想いを、音楽にできた。テトが、歌ってくれた。

それだけで、十分に価値があった。


「ねえ、テトちゃん」

その日の放課後、あかりは提案した。


「そろそろ、ちゃんとした曲を作ってみない?」

「……ちゃんとした、きょく……?」

「うん。今までは練習みたいなものだったけど、今度は本気で作りたいの」


あかりは、ノートを取り出した。

そこには、たくさんの歌詞が書かれていた。

「これ、ずっと書き溜めてたんだ。いつかミクちゃんに歌ってもらいたいって思って」

テトは、少し寂しそうな表情を浮かべた。


「……やっぱり、ミクさんの、ほうが……」

「違うよ!」

あかりは、慌てて首を振った。


「テトちゃんに歌ってほしいの。テトちゃんの声で、この歌詞を歌ってほしいの」

「……ほんとう……?」

「本当だよ。だって、今まで一緒に頑張ってきたのは、テトちゃんでしょ?」


あかりは、真剣な目でテトを見つめた。

「私にとって、もうテトちゃんが一番なの」

テトの目に、涙が浮かんだ。

「……あかりさん……」

「だから、一緒に最高の曲を作ろう」

「……はい……!」

テトは、力強く頷いた。

その日から、二人は新しい曲作りに取り組んだ。


テーマは、「届かない夢」。

あかりが、ずっと抱えてきた想い。

手を伸ばしても届かない星。

でも、諦めたくない願い。

そして、それはテトの想いでもあった。


偽物として生まれ、忘れられて、消えそうになった。

でも、本物になりたい。認められたい。

二人の想いは、重なっていた。


「この歌詞、テトちゃんのことも入れたいな」

あかりは、ペンを走らせながら言った。

「テトちゃんが歩んできた道。辛かったこと、嬉しかったこと、全部」

「……わたしの、こと……?」

「うん。テトちゃんの物語を、歌にしたいの」


あかりは、真剣な表情で歌詞を書き続けた。

エイプリルフールの嘘から生まれたこと。

祭りが終わって、忘れられたこと。

誰にも使われず、消えかけていたこと。

そして、あかりと出会って、希望を見つけたこと。

全てを、言葉にしていく。


「……あかりさん……」

テトは、涙を流しながら見守っていた。

「……わたしの、きもち……わかって、くれるんですか……?」

「わかるよ。だって、私たち似てるもん」

あかりは、笑顔で答えた。

「私も、夢に手が届かなくて、苦しかった。でも、諦めたくなかった。テトちゃんと同じだよ」

「……おなじ……」

「うん。だから、この歌は、私たち二人の歌なんだ」


あかりは、ペンを置いた。

歌詞が、完成していた。

タイトルは、『星追う少女』。

届かない星を追い続ける、少女の物語。


「テトちゃん、この歌詞、どう思う?」

あかりは、ノートをカメラに向けた。

テトは、じっくりと読んだ。

そして、静かに頷いた。


「……すてきです……うたいたい……」

「ありがとう!じゃあ、メロディを作ろう」

あかりは、音楽理論の本を広げた。

今までの曲とは違う。もっと複雑で、もっと感情的な曲にしたい。

コード進行を考える。

イントロは、ピアノの優しい旋律から始めよう。

Aメロは、静かに。Bメロで盛り上がって、サビで爆発させる。

頭の中で、メロディが鳴り響いている。

あかりは、必死に音符を打ち込んでいった。

でも、思うようにいかなかった。


「うーん、何か違う……」


何度も作り直す。

コードを変えてみる。メロディのリズムを変えてみる。

でも、しっくりこない。


「難しいな……」


あかりは、頭を抱えた。

テトは、心配そうに見つめている。


「……むりしないで、ください……」

「大丈夫。絶対に完成させるから」


あかりは、諦めなかった。

音楽理論の本を読み返す。参考にしたい曲を何度も聴き返す。

そして、また打ち込む。

時計を見ると、もう夜中の二時を過ぎていた。


「……あかりさん、もう、ねたほうが……」

「もうちょっとだけ」


あかりの目は、血走っていた。

でも、諦めたくなかった。

この曲を、完成させたかった。

さらに二時間が経った。

ようやく、イントロからAメロまでのメロディが完成した。


「できた……!」


あかりは、疲れ果てていた。でも、達成感があった。

「テトちゃん、聴いて」

再生ボタンを押す。

ピアノの優しい旋律が流れ始める。

そして、テトの歌声が響く。

「とどかない ほしに てをのばしても……」

あかりは、涙が溢れた。


これだ。これが、自分が求めていた曲だ。

テトの歌声が、あかりの心に響く。

曲が終わると、二人は沈黙した。

そして、同時に笑顔になった。


「……すてきです……」

「うん、すごくいい!」


あかりは、疲れを忘れて喜んだ。

「明日、続きを作ろう。サビも、もっとかっこよくする!」

「……はい……!」

その夜、あかりは幸せな気持ちで眠りについた。

夢の中でも、テトの歌声が響いていた。



翌日、学校でのこと。

「あかり、大丈夫?顔色悪いよ」

美咲が心配そうに声をかけてきた。


「え?大丈夫大丈夫」


あかりは、慌てて笑顔を作った。

昨夜、ほとんど寝ていない。

目の下には、クマができていた。


「最近、夜遅くまで勉強してるの?」

「う、うん。そんな感じ」


また嘘をついてしまった。

美咲は、疑わしそうな目で見ていたが、それ以上は追及しなかった。

授業中、あかりは何度も眠りそうになった。

先生の声が、遠くから聞こえる。

頭の中では、昨夜作った曲のメロディが鳴り続けている。

早く家に帰って、続きを作りたい。

テトと一緒に、最高の曲を完成させたい。

その想いだけが、あかりを支えていた。


放課後、あかりは誰よりも早く教室を出た。

美咲が声をかけようとしたが、あかりは気づかなかった。

いや、気づいていたけれど、無視してしまった。

今は、一刻も早く家に帰りたかった。



家に着くと、母はまだ仕事中だった。

あかりは、急いで自分の部屋に入った。


「テトちゃん、ただいま!」


パソコンを起動すると、テトがすぐに現れた。

「……おかえりなさい……」

テトの笑顔を見ると、あかりの疲れが吹き飛んだ。

「今日も頑張ろう!」

「……はい……!」

二人は、夜遅くまで作業を続けた。

サビのメロディを作り、間奏を考え、アウトロを作る。

何度も修正を重ねて、ようやく一曲が完成した。


「できた……!」


あかりは、達成感に満たされていた。

完成した曲を、最初から最後まで通して聴く。

イントロのピアノ。

テトの優しい歌声。

徐々に盛り上がっていくメロディ。

そして、サビの爆発的な感情。


「届かない 夢でも あきらめないで

 いつか きっと つかんでみせる

 星を 追いかけ 走り続ける

 私は 負けない この道を」


テトの歌声が、部屋中に響き渡る。

あかりは、涙を流しながら聴いていた。

これだ。これが、自分が作りたかった曲だ。

テトの声で、自分の想いが歌になった。

曲が終わると、あかりは立ち上がった。


「テトちゃん、ありがとう!最高だよ!」

「……あかりさん……わたしも……うれしいです……」


テトは、涙を流しながら微笑んでいた。

画面の中のテトは、もう完全に実体化していた。

透明感はなく、まるで本物の人間のように見える。


「テトちゃん、見て!あなた、もう普通の人みたいだよ!」


テトは、自分の手を見つめた。

確かに、もう透けていない。


「……ほんとうだ……わたし……」

「本物になったんだよ、テトちゃん」


あかりは、嬉しそうに言った。

「これも全部、テトちゃんが頑張ったからだよ」

「……ちがいます……あかりさんが、いたから……」

テトは、画面の向こうで頭を下げた。


「……ありがとう、ございます……あかりさんが、うたわせて、くれたから……わたし、いきられました……」

「どういたしまして。でも、まだ終わりじゃないよ」


あかりは、真剣な表情になった。

「この曲を、みんなに聴いてもらいたいの。動画サイトに、アップしたい」

テトの目が、大きく見開かれた。

「……どうが、サイト……?」

「うん。たくさんの人に、テトちゃんの歌を聴いてもらいたいの」

「……でも……わたしは、ニセモノ、だから……」

「違うよ」


あかりは、強く言った。

「テトちゃんは、もう偽物じゃない。ちゃんと歌える、本物の歌姫だよ」

「……ほんとうに……?」

「本当だよ。だから、みんなに聴いてもらおう。テトちゃんの歌を」

テトは、しばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと頷いた。

「……わかりました……あかりさんが、そういうなら……」

「ありがとう、テトちゃん!」


あかりは、早速動画の準備を始めた。

曲に合わせて、簡単なイラストを作る。

テトのイラストを探して、歌詞を表示させる。

動画編集ソフトを使って、全部を組み合わせる。


初めての作業で、時間がかかった。

でも、あかりは諦めなかった。

何度も失敗しながら、ようやく動画が完成した。


「できた!」


時計を見ると、もう朝の五時を過ぎていた。

徹夜してしまった。

でも、後悔はなかった。


「テトちゃん、アップロードするよ」

「……はい……」

テトは、緊張した表情だった。

あかりは、動画サイトのアップロード画面を開いた。

タイトルを入力する。

『星追う少女 / 重音テト』

説明文も書く。


「初投稿です。拙い曲ですが、聴いていただけると嬉しいです」


そして、アップロードボタンを押した。

数分後、動画が公開された。


「……できました……」

あかりは、自分の動画を見つめた。

再生数は、まだゼロ。

当たり前だ。

まだ誰も見ていない。

でも、これから誰かが見るかもしれない。

テトの歌を、聴いてくれるかもしれない。


「テトちゃん、これが私たちの最初の一歩だよ」

「……さいしょの、いっぽ……」

「うん。ここから、始まるんだ」

あかりは、画面の中のテトと目を合わせた。

「一緒に、夢を叶えよう」

「……はい……!」


テトは、力強く頷いた。

その目には、希望の光が宿っていた。

もう、あの虚ろな目ではない。

生きる意味を見つけた、歌姫の目だった。

窓の外では、朝日が昇り始めていた。

新しい一日の始まり。

そして、あかりとテトにとって、新しい旅の始まりだった。


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