第11曲 試練の日々
『偽りの歌姫』を公開してから、あかりの周りの反応は大きく変わった。
再生数は、三日で二千回を超えた。
コメント欄には、たくさんのメッセージが寄せられていた。
「この曲、泣きました」
「歌詞が心に刺さります」
「テトの物語、感動しました」
「応援してます!コンテスト頑張ってください!」
あかりは、一つ一つのコメントを読んで、涙が溢れそうになる。
自分たちの想いが、こんなにも多くの人に届いている。
「テトちゃん、見て!みんな、すごく感動してくれてる!」
「……うれしい……です……わたしの、ものがたり……つたわって……」
テトは、涙を流しながら微笑んでいた。
学校でも、変化があった。
「あかり、すごいよ!あの曲、クラスでも話題になってる!」
美咲が、興奮気味に話しかけてきた。
「え、本当?」
「うん!みんな『偽りの歌姫』聴いたって。超感動したって言ってたよ」
あかりは、嬉しくて恥ずかしかった。
クラスメイトの何人かが、あかりに声をかけてきた。
「春野さん、あの曲作ったの?すごいね」
「次の曲も楽しみにしてる」
「コンテスト、応援してるよ」
今まで、あまり話したことのない人たちまで、声をかけてくれた。
あかりは、照れながらも、嬉しかった。
でも、同時にプレッシャーも感じ始めていた。
「みんなが期待してくれてる……」
その夜、あかりは部屋で一人考え込んでいた。
「コンテスト、絶対に良い結果を出さないと……」
期待に応えたい。
みんなを、がっかりさせたくない。
そう思うと、急に不安になってきた。
「……あかりさん……」
テトが、心配そうに声をかけた。
「……だいじょうぶ、ですか……?」
「うん、大丈夫」
あかりは、無理に笑顔を作った。
でも、テトには嘘は通じなかった。
「……むりしてません……か……?」
「大丈夫だってば」
あかりは、話題を変えた。
「それより、コンテストまでまだ三ヶ月あるね。その間に、もっと良い曲を作れるかもしれない」
「……え……?」
テトが、驚いたような顔をした。
「……もっと、いい、きょく……?」
「うん。『偽りの歌姫』は良い曲だけど、もっと完璧にできるかもしれない。もっと技術的に凝ったり、もっと複雑な構成にしたり」
あかりは、早口で話していた。
「三ヶ月あれば、もっとすごい曲が作れるかもしれない。そしたら、コンテストでも良い結果が出せるかも」
「……でも……」
「だから、新しい曲を作ろう。もっともっと練習して、技術を磨いて」
あかりの目は、どこか焦っていた。
テトは、不安そうにあかりを見つめていた。
それから、あかりは毎日、新しい曲の制作に没頭した。
でも、今度は上手くいかなかった。
完璧を求めすぎて、何度作り直しても満足できない。
「違う……これじゃダメだ……」
あかりは、何時間もかけて作ったメロディを、全て削除した。
そして、また一から作り直す。
睡眠時間は、どんどん減っていった。
学校での授業中も、曲のことばかり考えていた。
友達との会話も、上の空になっていった。
「あかり、最近また様子おかしいよ」
美咲が、心配そうに声をかけてきた。
「え?そう?」
「うん。また顔色悪いし、授業中もぼーっとしてる」
「ちょっと忙しいだけだよ」
「無理してない?」
「大丈夫、大丈夫」
あかりは、また笑顔でごまかした。
でも、美咲は納得していない様子だった。
その夜、家に帰ると、あかりは再びパソコンの前に座った。
「テトちゃん、今日も頑張ろう」
「……あかりさん……」
テトの声は、元気がなかった。
「……さいきん……すこし、つかれてません……か……?」
「疲れてないよ。まだまだ頑張れる」
あかりは、キーボードを叩き始めた。
でも、手が震えていた。
画面の文字が、ぼやけて見える。
「あれ……?」
あかりは、目をこすった。
疲れているのかもしれない。
でも、休むわけにはいかない。
コンテストまで、もう二ヶ月半しかない。
いや、まだ二ヶ月半もある。
焦る必要はない。
でも、焦ってしまう。
「もっと良い曲を……もっと完璧な曲を……」
あかりは、必死に作業を続けた。
テトは、黙って見守っていた。
でも、その目は、とても悲しそうだった。
一週間が経った。
あかりは、完成した曲がまだ一つもなかった。
何度も作り始めては、途中で投げ出していた。
「なんでできないの……!」
あかりは、机を叩いた。
以前は、もっとスムーズに作れていたのに。
なぜ、今はこんなに苦しいのか。
「……あかりさん……」
テトが、小さな声で言った。
「……きょうは……もう、やすみましょう……」
「休んでる場合じゃないの!」
あかりは、思わず声を荒げてしまった。
テトが、びくっと震えた。
あかりは、すぐに後悔した。
「ごめん……テトちゃん、ごめん……」
でも、言葉が続かなかった。
疲れていた。心も体も、限界に近かった。
「……あかりさん……まえにも……おなじこと、ありました……」
テトが、静かに言った。
「……むりしすぎて……わたしに、あたって……そして……」
あかりは、はっとした。
そうだ。以前も、同じことがあった。
無理をして、テトに八つ当たりをして、テトが消えかけた。
あの時、自分は何を学んだのか。
「……おなじ、まちがいを……くりかえしては……いけません……」
テトの声は、優しかった。
怒っているわけではない。ただ、心配しているだけ。
「……あかりさんは……もう、じゅうぶん、がんばりました……」
あかりの目から、涙が溢れた。
「でも……みんなが期待してくれてるのに……」
「……きたいに、こたえる、ことも……だいじ……でも……」
テトは、続けた。
「……いちばん、だいじなのは……あかりさんが、げんきで、いること……です……」
あかりは、声を出して泣いた。
テトの優しさが、胸に染みた。
「ごめん……また同じ間違いをしそうになってた……」
「……だいじょうぶ……です……わたしは……ずっと、ここに、います……」
テトは、優しく微笑んだ。
「……あかりさんが、やすむまで……まって、います……」
あかりは、深呼吸をした。
そして、パソコンをシャットダウンした。
「今日は、もう休む。明日から、ちゃんと考え直す」
「……はい……ゆっくり、やすんで、ください……」
その夜、あかりは久しぶりにぐっすりと眠った。
翌朝、あかりはすっきりとした気分で目覚めた。
頭も、クリアになっている。
昨夜のことを思い返して、あかりは反省した。
自分は、また同じ間違いを犯そうとしていた。
完璧を求めすぎて、本来の目的を見失っていた。
「コンテストは大切。でも、それ以上に大切なものがある」
あかりは、窓の外を見つめた。
青い空。白い雲。
「テトちゃんと一緒に、楽しく曲を作ること。それが、一番大切なんだ」
あかりは、決意を新たにした。
もう、焦らない。
『偽りの歌姫』は、自分たちの最高傑作だ。
あの曲で、コンテストに挑戦しよう。
新しい曲を無理に作る必要はない。
今ある曲を、信じよう。
自分たちの想いを、信じよう。
学校に行くと、美咲が心配そうに声をかけてきた。
「あかり、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちゃんと休んだから」
あかりは、笑顔で答えた。
「実はさ、ちょっと無理してた。でも、大切なことに気づけたから」
「そっか。良かった」
美咲は、安心したように微笑んだ。
「あかりが元気なら、それでいいよ」
「ありがとう、美咲」
あかりは、友達の優しさに感謝した。
その日の放課後、あかりは図書館に寄った。
音楽の本ではなく、小説を借りるために。
曲作り以外のことも、楽しみたかった。
バランスが大切だと、あかりは学んだ。
家に帰ると、テトが待っていた。
「……おかえりなさい……」
「ただいま、テトちゃん」
あかりは、笑顔で答えた。
「テトちゃん、今日は曲作りじゃなくて、ただお話ししたいな」
「……おはなし……ですか……?」
「うん。最近、ちゃんと話してなかった気がして」
あかりは、椅子に座った。
「テトちゃんは、最近どう?楽しい?」
テトは、少し驚いたような顔をした。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「……はい……たのしい、です……あかりさんと、いっしょに、いられるのが……」
「私も、テトちゃんと一緒にいられて幸せだよ」
二人は、しばらく他愛もない話をした。
好きな食べ物。好きな季節。好きな色。
音楽とは関係ない、ただの会話。
でも、それがとても楽しかった。
「……あかりさん……」
テトが、嬉しそうに言った。
「……こうやって、おはなしするの……すき、です……」
「私も好きだよ」
あかりは、心から笑顔になれた。
試練の日々は、まだ続くかもしれない。
コンテストの結果も、まだ分からない。
でも、大切なものを見失わなければ、きっと大丈夫。
テトと一緒なら、どんな試練も乗り越えられる。
あかりは、そう信じていた。




