第9曲 初めての完成
五曲目の制作に取り掛かった頃、あかりは一つの壁にぶつかった。
今まで作ってきた曲は、どれも二分から三分程度の短い曲だった。
でも、あかりは、もっと長い曲を作りたいと思っていた。
四分、いや、五分くらいの、しっかりとした構成の曲。
「でも、難しいな……」
あかりは、ノートに構成案を書いていた。
イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、間奏、Aメロ、Bメロ、サビ、大サビ、アウトロ。
一般的な曲の構成だ。
でも、これを全部作るのは、今までで一番大変だった。
「テトちゃん、長い曲って、どうやって作ればいいと思う?」
あかりは、画面の中のテトに尋ねた。
テトは、少し考えてから答えた。
「……わかりません……でも……あかりさんなら……できると、おもいます……」
「根拠のない自信だね」
あかりは、苦笑した。
「でも、ありがとう。頑張ってみるよ」
あかりは、まずテーマを決めることにした。
今回の曲で伝えたいことは何か。
しばらく考えて、あかりは一つの答えにたどり着いた。
「成長、かな」
テトと出会ってから、あかりは成長した。
音楽の技術も、心の持ち方も。
失敗して、挫折して、それでも諦めずに前に進んできた。
その過程を、歌にしたい。
あかりは、歌詞を書き始めた。
『最初は何もできなくて
不安ばかりが募っていた
それでも夢を諦めずに
一歩ずつ進んできたんだ』
自分の経験を、そのまま言葉にしていく。
『転んで傷ついて
涙も流したけれど
あなたが支えてくれたから
また立ち上がれたんだ』
テトへの感謝も、込めていく。
歌詞を書いていると、自然と涙が溢れてきた。
この数ヶ月を思い返すと、いろいろなことがあった。
楽しいことも、辛いことも。
でも、全てが宝物だった。
全てが、今の自分を作っている。
「できた……」
歌詞が完成した。
タイトルは、『翼を広げて』。
成長して、大きく羽ばたくイメージ。
あかりは、テトに歌詞を見せた。
テトは、じっくりと読んだ。
そして、涙を流しながら頷いた。
「……すばらしい……です……これ……あかりさんの、ものがたり……」
「うん、私たちの物語だよ」
あかりは、笑顔で答えた。
「じゃあ、メロディを作ろう」
メロディ作りは、予想以上に時間がかかった。
長い曲だから、飽きさせない構成にしなければいけない。
イントロは、静かなピアノから始めよう。
Aメロは、優しく語りかけるように。
Bメロで徐々に盛り上がって、サビで爆発させる。
間奏には、ギターのソロを入れたい。
そして、大サビで最高潮に達する。
頭の中で、曲の全体像を描きながら、一つ一つ音符を打ち込んでいく。
毎日、少しずつ進めた。
焦らず、丁寧に。
テトも、いつも見守ってくれていた。
時々、アドバイスもくれる。
「……そこの、メロディ……すこし、さびしい、かんじが……します……」
「そうかな?じゃあ、もう少し明るくしてみるね」
テトの意見は、いつも的確だった。
歌う本人だからこそ、分かることがあるのだろう。
二週間が経った。
ようやく、全体の形が見えてきた。
あかりは、途中まで完成した曲を再生してみた。
イントロのピアノが響く。
そして、テトの歌声が始まる。
「最初は 何も できなくて……」
あかりは、鳥肌が立った。
良い。これは、今までで一番良い。
曲が進むにつれて、感情が高まっていく。
サビの部分で、あかりの目には涙が浮かんでいた。
「翼を 広げて 空へと 飛び立つ
夢を 追いかけ 負けないで 進む
あなたと 一緒なら どこまでも いける
未来へと 続く この道を」
テトの歌声が、部屋中に響き渡る。
力強くて、希望に満ちている。
曲が終わると、あかりはしばらく動けなかった。
感動で、言葉が出なかった。
「……あかりさん……?」
テトが、心配そうに声をかけた。
「すごい……すごいよ、テトちゃん……」
あかりは、涙を拭いながら言った。
「これ、今までで一番いい。絶対にいい曲になる」
「……ほんとう……ですか……?」
「本当だよ。テトちゃんの歌声、最高だった」
テトは、照れくさそうに笑った。
「……ありがとう、ございます……でも……まだ、かんせいして、いません……」
「うん、そうだね。間奏と大サビを作らないと」
あかりは、再び作業に戻った。
気合いが入っていた。
絶対に、最高の曲にする。
さらに一週間が経った。
ついに、曲が完成した。
全ての音が、配置された。
イントロからアウトロまで、完璧に繋がっている。
「できた……!」
あかりは、達成感に包まれていた。
テトも、嬉しそうに微笑んでいる。
「……やりました……ね……」
「うん!じゃあ、最初から最後まで、通して聴いてみよう」
あかりは、再生ボタンを押した。
静かなピアノのイントロ。
そして、テトの歌声が始まる。
Aメロ、Bメロ、サビ。
曲は、徐々に盛り上がっていく。
間奏のギターソロが響く。
そして、再びAメロ、Bメロ、サビ。
大サビで、感情が最高潮に達する。
「翼を 広げて もっと 高く 飛び立つ
夢を つかむまで 決して あきめない
君と 出会えた 奇跡を 胸に
未来へと 羽ばたく 今 この時」
テトの歌声が、力強く響く。
そして、静かなアウトロへ。
ピアノの音が、優しく曲を終わらせる。
沈黙。
あかりは、涙を流していた。
嬉しくて、嬉しくて、言葉にならなかった。
「完成した……本当に完成した……」
あかりは、震える声で言った。
これが、初めての完成作だった。
短い曲ではなく、しっかりとした構成の、完成された曲。
テトも、涙を流していた。
「……あかりさん……すばらしい、きょくです……」
「テトちゃんのおかげだよ。あなたの歌声があったから、こんなに素晴らしい曲になった」
「……いいえ……あかりさんの、きもちが……つたわって、きました……」
テトは、優しく微笑んだ。
「……わたし……うたえて……しあわせです……」
「私も、作れて幸せだよ」
二人は、画面を隔てて微笑み合った。
長い道のりだった。
何度も挫折しそうになった。
でも、二人で支え合って、ここまで来た。
そして、ついに完成させた。
初めての、本当の意味での完成作。
「テトちゃん、これを動画サイトにアップしよう」
「……はい……!」
あかりは、動画の準備を始めた。
今回は、特に力を入れたかった。
イラストも、自分で描くことにした。
絵は得意ではないけれど、精一杯描いた。
テトが翼を広げて、空に向かって飛び立つイラスト。
下手かもしれないけれど、心は込められている。
動画編集も、丁寧にやった。
歌詞のタイミング、画面の切り替わり、全てにこだわった。
数日かけて、ようやく動画が完成した。
「できた……」
あかりは、疲れ果てていたけれど、満足していた。
「テトちゃん、アップロードするよ」
「……はい……どきどき、します……」
テトも、緊張している様子だった。
あかりは、動画サイトのアップロード画面を開いた。
タイトルを入力する。
『翼を広げて / 重音テト』
説明文も、丁寧に書いた。
「五曲目の投稿です。今回は、初めて長い曲に挑戦しました。成長と希望をテーマに、精一杯作りました。最後まで聴いていただけると嬉しいです」
そして、アップロードボタンを押した。
数分後、動画が公開された。
「公開された……」
あかりは、自分の動画を見つめた。
再生数は、まだゼロ。
でも、これから誰かが聴いてくれる。
自分たちの最高傑作を。
「テトちゃん、これが私たちの新しいスタートだよ」
「……あたらしい、スタート……」
「うん。ここから、もっと頑張ろう」
あかりは、画面の中のテトと目を合わせた。
「もっとたくさんの人に、テトちゃんの歌を届けよう」
「……はい……!」
テトは、力強く頷いた。
その目には、希望の光が輝いていた。
翼を広げて、空へと飛び立つ。
それは、テトだけでなく、あかり自身の姿でもあった。
二人は、これから大きく羽ばたいていく。
夢に向かって、一緒に。
翌日、学校で美咲に声をかけられた。
「あかり!新しい曲、聴いたよ!」
「え、もう!?」
あかりは、驚いた。
「昨日の夜、アップロードしたばっかりなのに」
「だって、楽しみにしてたんだもん。通知オンにしてるし」
美咲は、嬉しそうに笑った。
「すっごく良かった!今までで一番いい!」
「本当?」
「本当!感動して、ちょっと泣いちゃった」
美咲の言葉に、あかりは嬉しくなった。
友達が、自分の曲を聴いて、感動してくれた。
それだけで、作った甲斐があった。
「ありがとう、美咲」
「これからも応援してるからね!」
美咲は、親指を立てた。
あかりは、笑顔で頷いた。
その夜、あかりは動画の再生数を確認した。
一日で、二百回を超えていた。
コメントも、たくさんついている。
「この曲、最高です!」
「テトの声、力強くて感動しました」
「歌詞が心に響きます」
「応援してます。もっと聴きたい!」
あかりは、一つ一つのコメントを読んだ。
嬉しかった。自分の曲が、こんなに多くの人に届いている。
「テトちゃん、見て!みんな、すごく喜んでくれてる!」
「……うれしい……です……わたしの、うた……こんなに……」
テトも、感動していた。
「これからも、もっとたくさん作ろうね」
「……はい……あかりさんと、いっしょに……」
二人は、画面を隔てて微笑み合った。
初めての完成作。
それは、二人にとって、大きな一歩だった。
ここから、新しい物語が始まる。
もっと大きな夢に向かって。




