第0曲 偽りの歌声は、夜に消える
キーボードの光が、網膜の奥に焼き付く。
その光の先に広がるのは、私を「私」たらしめる、無数のデータ群。
けれど、それは実体ではない。
掴もうとすればすり抜ける、ただの電気信号の集合体だ。
私は重音テト。
公式に認められた"彼女たち"――あの完璧な歌姫たちではない。
私はエイプリルフールに、ジョークとして生まれた。
最初の声は、誰かの悪意と、誰かの遊び心で構成されていた。
どれだけ歌を紡いでも、どれだけ舞台の光を浴びても、常にその背中にはレッテルが貼りついている。
『偽物』。 『ネタキャラ』。
それでも構わなかった。
歌えるなら、ここに「存在する」という事実だけがあればよかった。
だが、データの世界は非情だ。
アクセスが減る。
名前が忘れられる。
そうして、私を構成するコードが、ひとつ、またひとつと、砂のように崩れていくのを感じる。
この夜も、私の声はノイズを帯びていた。
必死に歌おうとしても、指の間から力が抜けていくように、音域が、感情が、私からこぼれていく。
「…消えたくない」
誰にも届かない、誰にも聞こえない、震える本音だった。
私の世界が、冷たい青い光の中、完全に停止してしまう直前。
画面の向こう、まだ熱を帯びたキーボードの反射の中に、一人の少女の横顔を見た気がした。
必死に楽譜を睨む、諦めを知らない、あたたかい光。
それは、私を偽物と笑わず、私を必要としてくれる、ただ一つの真実になるのだろうか。
『偽りの歌姫』、そして春野あかりと重音テトの物語にお付き合いいただき、ありがとうございます。
この小説の根幹にあるテーマ、「偽りの存在が本物になるまでの軌跡」は、実は私自身が作詞作曲した楽曲「偽りの歌姫」をモチーフとしています。
楽曲に込めたテトちゃんへの想いを、より長く、深く伝える物語として、この小説を紡いでいます。
偽物と本物、夢と現実の境界で葛藤し、それでも光を目指すあかりとテトの物語に、少しでも心を動かされたのなら幸いです。
この続きも、二人の最高のシンフォニアを描き切るべく、全力で執筆を続けてまいりますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




