第五話「ページの順番」
日差しがゆるやかに差し込む休日の朝。
柚葉はリビングのテーブルに広げたノートの束を前にして、ゆっくりとページをめくっていた。
これまで書き溜めてきた無数の言葉、比喩、そして短いメモの数々。
その多くは断片的で、バラバラに見えた。
日付が書かれていないページも多く、どこからどこまでがいつのことなのか、はっきりとわからない。
ページの順番が乱れているノートを読み返すたび、彼女の心は小さな波紋のようにざわめいた。
それは、まるで散らばったパズルのピースを手に取り、正しい配置を探す作業に似ていた。
彼女はふと思った。
「思考や感情にも、並び方があるのかもしれない」
整理された順序があってこそ、そこに構造が生まれ、意味が浮かび上がる。
どんなに美しい言葉でも、置き場所がわからなければ、価値は半減してしまう。
柚葉はノートの束から一冊を取り出し、もう一度最初のページに戻った。
その中には、まだ言葉になりきれていない、形だけがうっすら見える感情のかけらが散りばめられていた。
彼女はページの端に小さくメモを加えながら、ひとつの仮説を立てた。
「感情にも、箱のラベルのような名前が必要なんじゃないか」
たとえば、漠然とした寂しさなら「静かな孤独」と名付ける。
ぼんやりした不安なら「ひそやかな風のざわめき」とする。
そうやって、それぞれの感情に一時的な「ラベル」を貼ってみる。
言葉にすることで、感情を区別し、区画をつくることができる。
これは、箱に何が入っているのかラベルをつけて整理するのと似ている。
何がどこにあるかをはっきりさせれば、後から探しやすく、管理しやすい。
ノートの乱れたページも、ラベルをつけて順序を整えることで、意味あるストーリーとして立ち上がってくる気がした。
彼女はペンを取り、ページの端に次々と仮の名前を書き込んでいった。
それは感情の小さな見取り図のようで、言葉の地図を描く作業だった。
午後になり、外の風が窓を揺らす。
柚葉はふと気づいた。
「記録」することは、ただ過去を写すことじゃない。
それは、「構造」をつくり、「時系列」を整理すること。
過ぎていく思考の流れを、捕まえ、並べ、形づくる営みなのだ。
その作業は、日々の感情や考えを理解し、把握するうえで欠かせないものだった。
彼女はノートの隅に、新たにこう書き加えた。
「感情の並びは、思考の輪郭を浮かび上がらせる」
夜になり、柚葉は静かに机に向かった。
言葉を重ねるたびに、頭の中のもやもやが少しずつ晴れていく。
「この並びが、今の私を映しているのかもしれない」
そして、これから先も、混乱を恐れずにページをめくり続けようと思った。
言葉の迷路の中で、自分だけの答えを見つけるために。