封じられた光、落とされた少女
リヴァル神聖教国――それは、神の加護によって支配される信仰国家だった。
都市の中央には巨大な白亜の神殿が聳え立ち、民衆はその塔を仰ぎ見ながら生きている。
高神官による法と、聖女による象徴支配。貴族も王も存在しないこの国では、“神に選ばれし者”だけが価値を持つ。
「なんか……空気が重い」
リーナの呟きに、俺はうなずいた。
「この国じゃ、“才能を選ぶのは神”って考えが完全に染み付いてる。俺みたいな“人間が人間を選ぶ”職業は、異端中の異端だ」
「それでも、来るんだよね?」
「ああ。拾い損ねた才能が、ここにある」
◇
教国の外郭都市ナセリア。そこで俺たちは、ある“儀式”に立ち会うよう招かれていた。
選別の儀式――十五歳となった見習いたちが、神の加護を受け、職業を定められる場。
聖職者、神官、聖騎士など、すべては“神託”によって振り分けられる。
俺たちは、その儀式を外部から見学するという立場を与えられた。
本来なら異例中の異例。それだけ、俺の《識眼》に対して期待と恐れが混在しているのだろう。
◇
儀式の場は、整然としていた。
真っ白な神殿の広場。整列する見習いたち。その前には、巨大な水晶が据えられていた。
“神託水晶”。加護を受けた者には職業が与えられ、拒絶された者は「不適格」と記録される。
次々と職業が宣告されていく。
聖職者。神官。見習い騎士。修道士。
その中に、1人だけ――何の結果も出ず、沈黙を与えられた少女がいた。
背筋を伸ばし、表情一つ変えず、最後まで立っていたその少女を見た瞬間、
俺の視界に“異常なグラフ”が浮かんだ。
スキル適性:光属性(判定不能)
因子封印率:92%
加護反応:有/拒絶反応:不明
覚醒条件:外部トリガー
「……いた」
「え?」
リーナが顔を上げる。
「今回の目的だ。“拾い損ねられた才能”。封印され、見捨てられた光……」
あの少女は、確かに“選ばれていた”。
だが、神託は彼女を拒絶した。
理由は明白だ。彼女の中の因子が、強すぎたのだ。
神の規格にすら合わなかった、それだけの話だ。
◇
儀式終了後、俺たちは休憩所に案内された。
リヴァル教国の高神官グリオスが姿を見せたのは、その数分後だった。
「カイル=グレイフ殿。遠路のご来訪、感謝申し上げます」
礼儀正しく、だが視線の奥には探るような色がある。
「本日の儀式をご覧になり、いかがでしたか?」
「神託は制度としてよく整っています。ただ、ひとつ気になる点がありました」
「ほう?」
「“選ばれなかった少女”の件です。彼女の中には、明らかな加護反応がありました。にもかかわらず、職業が定まらなかった。これは……制度側の異常では?」
空気が少しだけ凍る。
グリオスは沈黙の後、淡く笑った。
「彼女は“神に試された”のかもしれません。加護はあっても、制御できぬ力は災厄となります。よって……“保留”と判断されたのでしょう」
保留。
それは「選ばれなかった」と同義。
「彼女に、直接会わせていただけますか」
グリオスの目が細くなる。
「まさか、スカウトするおつもりですか?」
「彼女の才能を、“世界”に引き出す価値があるなら。俺の目は、そう言っています」
◇
夜。
案内されたのは、小さな修道院の個室だった。
その一室で、彼女は一人座っていた。
白い修道服。金の瞳。整った顔立ちに、感情はほとんど浮かんでいない。
「君が、カイル=グレイフ?」
その声は、驚くほど静かだった。
「私の中にある何かを、“見た”の?」
「見えた。正確には“封印されている”と、視えた」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
「なら、私に聞かせてほしい。私は――“生きていていい存在”なのか?」
その問いに、俺は即答した。
「価値があるとかないとか、そんな次元じゃない。お前は、“起動していない奇跡”だ。俺はそれを、世界に引き出したい」
彼女の視線がわずかに揺れる。
その瞬間、視界に浮かぶ封印因子が、かすかに“ひび割れた”。