一撃に込めた願い
夜明け前、街の近くにある小さな廃墟。
この場所には、最近ならず者の巣ができているという噂があった。ギルドも見て見ぬふりをしている案件。
俺たちは、その“実地調査”に来ていた。
「……ねえ、ほんとにここ、敵いるの?」
リーナが不安げに呟く。
「いる。3人。近接2、弓1。待ち伏せ中だ」
俺は《識眼》で確認済みだった。
だが、今日の主役は俺でもリーナでもない。
「セラ、行けるか?」
問いかけると、セラは肩をすくめて立ち上がる。
「どうせ死ぬなら、人間っぽいことの一つでもしてからがいい。……じゃ、やってくる」
◇
廃墟に入って十秒。音もなく、空気すら動かない。
……次の瞬間。
「うっ……が……っ!」
遠くから、男の呻き声と何かが倒れる音。
すぐに悲鳴が重なり、そのあと、沈黙が戻った。
俺とリーナが廃墟に入ると、セラは既に短剣を収めていた。倒れている3人の男たちには、まるで“何もなかったように”正確な傷跡が刻まれていた。
「全員、生きてる。動脈も骨も避けた。ちゃんと、手加減したよ」
そう言ったセラの声に、ほんのわずか――熱があった。
◇
「なんで……」
廃墟の外、焚き火の近くでリーナが呟いた。
「なんで、あんなに躊躇いもなく動けるの……私、まだちょっと怖いのに……」
「当たり前だ。怖いのが普通だよ」
俺は言った。
「でもセラは、怖さを忘れるほど、死に慣れてる。自分が壊れることにも、慣れてしまってる」
リーナは言葉を失ったように、セラの背中を見ていた。
その肩は小さくて、細くて――でも、異常なほど静かだった。
◇
「セラ」
俺は彼女の隣に座り、静かに言った。
「お前、わざと殺さなかったな」
「……あんたが“使い方”を見せろって言ったから、試しただけ」
「違う。お前は、“人間として扱われたから”少しだけ自分をコントロールしようとした。そうじゃないか?」
セラは目を見開いた。次の瞬間、眉をひそめる。
「……なにそれ、気持ち悪い」
「構わない。気持ち悪いぐらいで、ちょうどいい」
俺は視界に浮かぶ彼女のグラフを見た。
――感情抑制因子:変動中
――自壊因子:不安定 → 微弱化
間違いない。この戦闘で、彼女の中の“死にたがり”が、わずかに揺れた。
◇
その夜。
セラは焚き火のそばでぽつりと呟いた。
「私が死にたかったのは……誰にも必要とされなかったからだと思う」
それは、彼女の人生の中で、誰にも話したことがなかった言葉だろう。
「なら俺は、これから何度でも必要とする。だから、生きてろ」
セラは無言のまま目を伏せた。だが、否定はしなかった。
その沈黙こそが、彼女の中の“生きようとする力”の、最初の答えだった。