第7話 その衣装はあまりに妖艶で
舞台の上。
剣の稽古中は結んでいた髪を解き、ドレスで着飾ったアデラレーゼは、それはそれは美しいものでした。
腰まで届く流れるような赤髪は光を反射して耀き、鍛錬によって無駄なく鍛えられたスレンダーな身体は娼婦のような男を誘う色気こそ感じさせないものの、上品で綺麗な印象を見る者に与え、足元に光るガラスの靴が大人しめに纏められた服装に華やかさを加えていました。
どこからどう見ても気品溢れるお姫様。
メイド服で剣を振るっていた姿も可愛らしくも勇ましい感じでよかったですが、ドレス姿もよく似合っています。
「わ、私そんなに変? ドレス似合ってない?」
ですが、引きこもりがちで家族以外に褒められ慣れてないアデラレーゼは服だけ立派だから笑われているんじゃないかと不安になります。
「お主が綺麗だから皆驚いておるのじゃよ」
「そそそ、そんな訳無いじゃない。ア、アンタの格好に驚いてるんじゃないの」
「落ち着くのじゃ、アデラレーゼ。もしワシの格好に上がる声なら、恐怖に怯える絶叫じゃろうし、それなら会場には警備兵が押し寄せておる筈じゃ」
「自覚があるなら何か着なさいよ!」
「これがヴァルハラ魔法使い課の男の正装じゃから仕方あるまい……」
ゴタゴタと揉めるアデラレーゼと魔法使い。
舞台に上がろうとしているというのに、締まらない事です。
「もしや無理やり連れて来られたどこかの姫君では?」
「確かに従者とは思えない怪しい男だ。衛兵に声を掛けるか?」
そんな二人の姿が言い争っているように見えたのでしょう。
いつ踊りが始まるのかと舞台を眺めている観客からそんな声が漏れました。
「そ、そんな事はどうでもよかろう。さあ、早く踊るがよい」
慌てて魔法使いはアデラレーゼに魔法の水晶玉を渡すと、踊りを急がせます。
(確か念じればいいのよね……)
城へ行く最中、水晶玉の使い方を聞いていたアデラレーゼは水晶玉に念を込めました。
するとどうでしょう。
アデラレーゼを白い煙が包み込んでいくではありませんか。
「な、何よ。この破廉恥な衣装……」
そして煙が晴れた時に現れたのは、ヒラヒラで透明なベーゼを腕や口元に付け、胸や股間を申し訳程度の布で覆っただけの衣装に包まれたアデラレーゼでした。
どこか暖かい地方の踊り子のような、というか踊り子そのものの衣装です。
「むう、何という過激な衣装。意気込みが違うな」
「いや、いくら王子への求愛が目的とはいえ慎みに欠けないか?」
あまりの予想外の衣装に、周囲からざわめきの声が漏れ出し――
「ハアハア。ヘソ出し美人ハアハア」
突如として現れた妖艶な美女の姿に、エロイゼ大臣の鼻息が荒くなります。
もはや、わざとらしいまでの変態振りです。
「大臣、もう少しでいいから大人しめな発言を……」
傍に居た王子の冷や汗混じりの注意の声に力はありません。
「……うるさいわね」
そんな中、不機嫌さを隠さない低い声でミュリエルが呟きました。
それだけでなく苛立だしさをアピールでもするように床を鞭で叩きまくります。
「お、お母様?」
招待客のざわめきよりも響き渡るビシバシという物凄い音に、心配げにミュリエルを眺めるメアリーとリルム。
(ねえ、リルム? さっきからお母様どうしたのかしら?)
(し、知らないよ。やっぱりさっきの大臣に怒ってたのかな?)
実の母の急変に怯え小声で囁き合うも、怖くて原因を尋ねる訳にもいかず、かといって母を置いてどこかへ行く訳にもいきません。
そんな二人に同情的な視線を向けつつも、招待客が無言で離れていきます。
我関せずの素晴らしいまでの大人の対応というか、注意とかしようにも鞭は怖過ぎなのです。
○ ○
さて、アデラレーゼの踊りが始まる訳ですが――
その前に、今宵の少し風変わりな舞踏会について説明しましょう。
本来、舞踏会と言えばパートナーを変えて踊るタイプのダンスが基本であり、芸人でも踊り子でもない招待客が舞台に上がって踊りを披露するような事はないでしょう。
ですが、今回の舞踏会の目的は王子の婚約者探しです。
大勢が一斉に踊っている中で婚約者を探すのは大変ですし、かと言って全員と踊るのはもっと大変です。王子が過労死……とは言わないまでも疲れて政務に支障が起きるかもしれません。
そこで招待客側に舞台で踊ってもらおうと言う訳です。
要するに、王子へのアピールタイムというやつですね。
ご理解頂けたところで舞台の上、踊りを披露するアデラレーゼへと移りましょう。