第15話 何だかアレなツンデレラ
「それにしてもどうしてアデラレーゼに嘘を教えようとしたんだい? 君が悪く思われるだけだろうに」
「言える訳ないじゃない。あの子の中では、あなたは誰よりも素敵な騎士、英雄のお父様なのよ。その思い出を私が裏切れる訳ないでしょう?」
「ミュリエル、君みたいな優しい女性と結婚出来て私は幸せだよ」
そう言って、二人は示し合わせたようにどちらともなく顔を近付け、熱い、それはもう熱烈にして濃厚な口付けを二人は交わします。
絡み合う舌、その行為から生み出される粘付くような唾液の音が城内に響き渡り、衛兵達は目を逸らすか、気まずそうに前屈みになりました。
勿論、娘達も無反応では居られません。
「うわー、おっとなあ……」
リルムは感心したように唸り、
「リ、リルム。見てはいけません」
メアリーはリルムの目を隠しながら自分は全く目を逸らさず、
「あ、う、え……」
アデラレーゼに至っては真っ赤になって頭から煙を噴いています。
「ミュリエル、魔法が解けた私は後一時間ほどでヴァルハラへと強制的に帰る事になるだろう。その前に、いいかい?」
「優しくして下さい、アナタ……」
しかし、そんな風に広間で多くの人間に見られているなどという些細な事は、自分達の世界に入り始めている二人にとっては知った事ではないようでした。
父の手がミュリエルのドレスへと伸ばされます。
既に限りなく危ない所ですが、このままでは確実に良い子に見せられないシーンに発展してしまうでしょう。
「誰か、御二人をベッドのある個室に案内しろ。空いてないなら私の部屋を使っても構わない」
それを阻止したのは、意外に冷静な王子でした。
それでも顔が赤く目を逸らしているのは、ご愛嬌です。
「はっ、了解しました。御二方、こちらへ……」
ただ一人、前屈みになる訳でもなく気まずそうになる訳でもなく、不思議そうに首を傾げていたムテキンに案内され、熟年のバカップルが謁見の間から退場していきました。
ちょっぴり残念そうな兵士が多いのは、気にしない方がいいでしょう。
「王子、そろそろ話の続きをしてはどうでしょう?」
いつの間にか回復し、回れ右をして静かに目を伏せるという紳士的な態度を示していエロイゼた大臣が、ぶっ飛んでいた話を元に戻すべく王子に言葉を投げかけました。
「……コホン。あー、アデラレーゼ。その、あんなものを見た後で申し訳ないが私の話に戻らせてもらっていいだろうか?」
「あ、はい」
いきなり名前を呼ばれたせいか、アデラレーゼは丁寧に返事を返します。
「不敬罪で殺されるかもしれないと解っているのに、私に命懸けで進言して頂いた貴女に私は惚れてしまいました。一人の男、一人の人間としては情けなく何も出来ない私ですが、全ての権力を持ってでも貴方を幸せにしてみます。どうか私の妃になって頂けませんか?」
それは静かな告白でした。
舞踏会の雰囲気に当てられた訳でもなく、一晩中考えていたからこそ出る落ち着いた告白。
「謹んで、お断り致します。王子様」
しかし、アデラレーゼはそれでも王子の申し出を断ります。
「やはり駄目か……」
断られる予感があったのでしょう。
取り乱す事無く、けれども確かに寂しげに王子は呟きました。
「いいえ」
しかし、アデラレーゼは首を横に振り、王子の言葉を否定します。
「居なくなるまでの間とはいえ、ずっと一緒に暮らしてきたお父様の事すら、私は理解出来ていませんでした。だから、その、お互いの事が理解出来るまで友達か何かから関係を始める訳にはいきませんか?」
都合の良い上に厚かましい提案だとアデラレーゼは思いました。
事実、話している途中から内容も声色も弱気になりましたし、内心では恥ずかしくて泣いて逃げ出してしまいたかったくらいです。
(なんでここで綺麗に断れないのよ……)
アデラレーゼは俯いて王子の顔を見ないようにすると、せめて涙だけは堪えようとアデラレーゼは歯を食い縛ります。
「ああ、こちらからお願いしたいくらいだ」
しかし、そんなアデラレーゼに届いたのは王子の優しい声でした。
驚いて顔を上げたアデラレーゼの目に王子の人懐っこい笑顔が飛び込んできます。
「君が私の思ったままの素敵な女性であると解ったなら、改めて告白させてもらいたいと思う。その時、君の目にも私に魅力があると思ってくれたなら、私の告白を受けてもらえるだろうか?」
コクリと、アデラレーゼは顔を赤くして言葉もなく頷きます。
実はここまで面倒な女は絶対に嫌だと言われると思っていたので、王子の優しい言葉に断った傍から胸がときめいてしまったのです。
――そもそも、スッパリと断らなかった時点で既に惹かれていたのかもしれませんが。
「あの、厚かましいとは思うのですが、お義母様や妹達を傍に越させてはいけませんか? その、妹達はまだ花嫁修業の途中で、妹達を残して家を出るのは……」
王子と目を合わせられず、顔を赤らめてもじもじと頼み事をします。
それは誰がどう見ても、恋する乙女の姿そのままでした。
「勿論だとも。家族全員の部屋を用意しよう。皆で来るといい」
「は、はい。ありがとうございます、王子様……」
今までにないウットリとした響きで呟かれた『王子様』の声に、王子とアデラレーゼとムテキンを除いた全員が思いました。
(さっさと結婚すればいいのに……)
ですが、さすがに誰も口にはしません。
そこまで空気の読めない人は居ないからです。
「それでは、これからよろしく頼む」
「はい、王子様」
王子もアデラレーゼも周りの空気なんて気付かず、二人は挨拶を交わして微笑みあいます。
こうして、アデラレーゼは王族側近の使用人として王子の傍に仕える事になったのです。
第一章、アデラレーゼ編は、これにて終了です。
次からはリルム編が始まりますが、よければお相手が誰なのか想像して頂ければ嬉しいです。




