第13話 踊りに込められた意味
「まあ心配だったのもあるが、君に、どうしても一つだけ聞いておきたい事があったので呼んだんだ。人質を取った形になってしまったのは申し訳無いとは思ったけれど……」
「でも、舞踏会を無茶苦茶にしたのは事実だし……」
「いやいや、そもそも君の言う事ももっともだ。死すら覚悟して愛を説いてくれた事、礼を言う。やり方は問題だったかもしれないが、私個人としては嬉しかったよ」
「でも、責任を――」
「その話はとりあえず置いといて質問させてくれるかい?」
おそらく、何かしらの罰を受けない限りはアデラレーゼが引いてくれないと思ったのでしょう。
王子はアデラレーゼの言葉を途中で遮って、質問を投げ掛けました。
「どうして君の踊りはあんなに激しくて情熱的だったのに――」
そこで王子は言葉を区切り、どこか遠慮するような目でアデラレーゼを見詰めます。
どこか悲しげで同情的な目です。
「それ以上に、あんなにも悲しそうで、寂しそうだったんだい?」
その言葉にアデラレーゼはビクリと背筋を震わせました。
「な、何を言って……」
詰まりながら否定しようとするアデラレーゼを王子は目だけで制すると、言葉を続けていきます。
「君の踊った踊りは身分の低い者や特殊な店などで踊られる事が多い踊りで、女性が男性の客を探す時に踊る事が多いそうだ」
ここでいう身分の低いとは、いわゆる奴隷などの事です。
食べる物も満足にならず職にも有り付けない中で、唯一売れるモノ――己の身体――を使ってその日の糧を得る。
そうしなければ生きられなかった者達。
「が、それは同時に誰かに自分を見てもらいたい、誰かに自分を愛してもらいたいという意味を持った踊りでもある、と私は記憶している」
そんな者達の悲しいまでの願いの形。
人として扱ってもらうどころか、同じ人として見てもらう事すら出来ない。
だからこそ愛されたい。だからこそ見てもらいたい。
そして、自分を助けて欲しい。
アデラレーゼが踊ったのは、そんな口には出来ない悲しい想いが秘められた踊りなのです。
「私の記憶や推察は間違っているだろうか、アデラレーゼ?」
王子はアデラレーゼへと問い掛けました。
王族として強制する訳でもなく、ただ静かに。
「……王子様の言うとおりです。私には、ずっと誰にも言えなかった悩みがあります」
王子の言葉にアデラレーゼは観念したように頷きました。
事実、アデラレーゼには誰にも言えない悩みがあったからです。
どうやら、酔狂で王子の結婚相手を舞踏会で決めようとしていた訳ではなかったようです。
唯一人、魔法使いでもミュリエルでもなく、そして踊った本人であるアデラレーゼ自身すら気付かなかった踊りの意味。
その意味を王子だけが気付いていたのでした。
その激しさが、アデラレーゼの心に秘められた寂しさの叫びであった事を。
決して魔法道具が不良品だった訳でも、アデラレーゼが実はエロイ子だった訳でもなく――
セクシーダンスが選ばれるには選ばれるなりの秘めた想いがあったのです。
「よければでいい。悩んでいる事があるなら話してもらえないだろうか? 曲がりなりにも私は王族だ。助けになれる事があるかもしれない」
「そ、それはその……。個人的な、家の事情だから……」
真っ直ぐに自分を見詰める王子の目から、アデラレーゼは気まずげに視線を逸らしました。
どうも、話し難い事情らしいです。
「アデラレーゼ、やっぱり私が家に居るのは嫌?」
王子の質問に反応したのは、先ほどまで楽しげに紅茶を飲んでいたミュリエルでした。
この場に居る中で唯一人、アデラレーゼに嫌われている自覚があり、悲しませていると思っていたからです。
事実、家では避けられており、お義母様と呼ばれたのも昨日が初めてでした。
「ち、違うの! 私は死んでしまったお父様もお母様も好き。でも、今の家族だって同じくらい大好きよ。物静かで女の子らしいメアリーも、いつも元気なリルムも大好き。お料理もお掃除もお洗濯も出来なくたって、強くて優しくて綺麗なお義母様が大好き。本当のお母様と同じくらい大切よ!」
「そ、そう……」
必死に叫ぶアデラレーゼの姿に、ミュリエルの表情はデレデレと緩みまくりです。
無言で魔法使いが紅茶を口に含みました。
「でも!」
アデラレーゼは声を張り上げ、自分の思いを伝えようとします。
大きくはないものの力強い声です。
「だからこそ、どうしても理解出来ないのよ!」
ミュリエルも覚悟を決めた顔で次のアデラレーゼの言葉を待ちます。
「どうして、寝室でお父様を鞭で叩いていたの? あんなにも仲が良さそうなのは私達子どもの前だけだったの!」
アデラレーゼの発言に城内が静まり返りました。
それはアデラレーゼが踊っていた時よりも遥かに重く、遥かに気まずい静けさです。
ある者は驚きに目を見開き、ある者はわざとらしく目を逸らし、ある者は白い目でミュリエルを眺めます。
エロイゼ大臣はピシリと固まり、ムテキンは首を傾げました。
「あちゃー」
「お、お母様……」
そんな中、ミュリエルの実の娘であるリルムとメアリーは、とても気まずそうです。
どうやらリルムとメアリーは、そっち系の知識は微妙にあるようです。
色々と理解していないのは引き篭もりがちで世間知らずなアデラレーゼと、色々と頭が残念なムテキンだけのようでした。
「な、何を言ってるの、アデラレーゼ?」
「誤魔化さないで、お義母様。夜、喉が渇いて台所に水を頂きに行った時、私は全部見たの。寝室で、お義母様が下着一枚のお父様を鞭で叩いている姿を」
アデラレーゼの言葉に、もう止めてやれよ、という視線が城内のアチコチから注がれます。
子ども達を叱る時ですら心の中はともかく顔色自体は全く変えないミュリエルなんて、火でも出そうなくらい顔が赤いです。
「どうして、お義母様? お父様は何か悪い事をしたの? それとも、二人は愛し合ってなかったの? 私が居たから、子育てには両親が必要だから仕方なく結婚したの?」
しかし、長年の疑問を炸裂させ、感情を高ぶらせているアデラレーゼは周りの視線にも、ミュリエルの様子にも気が付きません。
息継ぎの時間すら惜しいとばかりに、ミュリエルを責め立てます。
「そ、それはね、アデラレーゼ」
一度、言い難そうにミュリエルは言葉を区切ると、こんな時でも付けている黒い小さめの鞭を軽く触りました。
おそらく、その黒い鞭こそがアデラレーゼの父親を叩いていた鞭なのでしょう。
「良い、ちゃんと誤解せずに聞くのよ。アレは全部私の趣味で――」
覚悟を決めた表情でミュリエルがアデラレーゼの疑問に答えようと口を開いた。
その時です。
「そうか。見てしまっていたのか、アデラレーゼ」
不意に響いてきた静かな声が、ミュリエルの言葉を遮りました。




