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第1話 意地悪じゃない継母ミュリエル

 今日はお城で舞踏会。


 王子の結婚相手を探す場でもありますが、華やかに彩られ多くのご馳走が並べられた社交界の場を大勢の人々が楽しみにしています。


「アデラレーゼ! アデラレーゼはどこ!」


 そんな中、お城から少し離れた場所にあるミュスカデ家の屋敷に悲鳴のような女性の叫びが響き渡りました。


 肩や背中を露出した大胆なドレスに身を包んだ美女なのですが、何故かドレスに不似合いな鞭を二つも腰に付けている不思議な格好です。


 この鞭持ち美女の名はミュリエル。


 お探しのアデラレーゼの血の繋がらない母なのですが、アデラレーゼの実父である夫は既に亡くなっている上に他に年長者も居ないので、実質彼女がこの屋敷の主人です。


「ど、どうしたの、お母様……」


 突然の母の叫びに元気が取り得の三女、リルムは驚きに目を瞬かせ、


「お姉様なら多分いつものように屋根裏部屋に居ると思いますが……」


 リルムにドレスを着せていた読書とお洒落好きな次女のメアリーは、ドレスを整える手を休めてミュリエルの方に向き直りました。


「二人とも、これを見て頂戴」


 ミュリエルは苛立ちを隠そうとせず乱暴に窓枠を指でなぞると、二人の娘へと自分の指先を見せ付けます。


 そんな汚れが溜まりやすい場所を擦れば黒くなるのが当たり前かと思いきや、よほど綺麗に掃除されているのでしょう。


 ミュリエルの指先は白く綺麗なままで埃一つ付いているように見えません。


「毎日毎日、こんなに隅々まで掃除して!」


 ですが、その綺麗さこそがミュリエルは不満で堪らないようでした。


「こんな事してたら、それだけで一日が終わってしまうわ!」


 というのもこのミュリエル。


 血の繋がりなんてお構いなしにアデラレーゼを娘として大事に思っていたからです。


「アデラレーゼは花も恥じらう年頃の乙女なのよ! それが外に出ようともせず家に籠って掃除洗濯炊事三昧。家事の手なんかいくら抜いてもいいから、お洒落や趣味に勤しんだり、誰かに恋をしたり、そういう事に夢中になってもいいでしょう!」


 それなのにアデラレーゼは家事だけこなすと屋根裏部屋に引き籠る。


 おまけに笑顔の一つも最近見てないとあっては、もどかしさで苛立ちを隠せないようでした。


「そうだよね。今日だってお城で舞踏会開かれるのに行きたくないって言うし……」


「ええ。お父様が死んでしまってからというもの、家事をする為に屋根裏から降りてきてくれますが、それ以外はお部屋に籠ってばかり。身体を壊してしまわないか心配だわ」


 そしてそれはミュリエルの娘である二人の姉妹も同じようです。


 表情を曇らせると屋根裏部屋の方へと視線を向けました。


「ボクが何かアデラ姉様のお手伝い出来たら、お姉様も前みたいに笑ってくれるかな?」


「また家具を壊して迷惑を掛けてしまうだけでしょうから、お止しなさい」


「そういうメアリー姉様だってお料理手伝おうとして火事起こしかけたじゃん……」


「……解ってるから言わないで」


 少しでも手助けしようとすればするほど迷惑を掛けてばかり。


 無力感が苛立ちを生み、思わず相手を責めるような強い言葉が出てしまいます。


「……あなた達は私の娘とは思えないくらい良く出来た子ね。アデラレーゼの事、嫌いになったりはしないの、二人とも?」


 そんな二人をあえてミュリエルは褒めるようにして止めました。


 例え軽く口喧嘩を始めていたとしても、姉の為に何かをしてあげたいと願う二人を叱る事なんてミュリエルには到底出来なかったからです。


「確かに一つ屋根の下で暮らしているというのに、食事一つ一緒に取ろうとせず、屋根裏に籠ってばかりのお姉様の事をもどかしくないかと言えば嘘になります」


 そこでメアリーは言葉を区切ると柔らかく微笑みます。


「でも、だからと言ってお姉様を嫌う理由にはなりません。ねえ、リルム?」


「うん。だってお姉様がお掃除とか洗濯とかしてくれているからお母様も安心して仕事に行けてボク達は暮らせているんだもの。嫌いになんてなる訳ないよ」


 そこにあったのは血の繋がらない姉を思う二人の姉妹の姿でした。


 例え血が繋がっている姉妹であっても、このように仲の良い家族は稀でしょう。


「私が何か変わってあげられればいいのだけれど……」


 ここに居ないアデラレーゼの事を思い、寂しげにミュリエルが囁いたその時でした。


「そ、それだけは止めて下さい、お母様!」


「い、嫌だよ、ボク。紫色で泡がボコボコ出てるのに良い匂いがするけど、食べたら幻覚が見えるスープなんてもう飲みたくないよ」


 いつもは大人しいメアリーは掴み掛かるようにミュリエルに詰め寄り、元気で知られる筈のリルムは青い顔して震えだします。


「わ、解ってるわ。解ってるから、そんなに必死にならないで頂戴。それにアレはスープじゃなくてステーキよ」


 年を忘れさせるほどの幼い仕草でミュリエルが拗ねた声を出します。


 しかし、どうしたらステーキが変色した上に液状化するのか謎です。


「お、お母様。早くリルムのドレスを整えないと舞踏会に遅れてしまうので……」


「そ、そうそう。その間にお母様はもう一度アデラ姉様誘ってきたらどうかな?」


「ええ、それがいいですわ。もしかしたらお姉様も急に気が変わるかもしれませんし」


「うんうん。もし行く気になってくれたらアデラ姉様だって支度しないといけないんだし、早く誘いに行かないと間に合わなくなっちゃうよ?」


 謎は謎のまま、放置した方がいいと二人の姉妹は思ったようでした。


 ミュリエルの料理発言には触れず、強引にアデラレーゼへと話を戻します。


「そうね。あなた達は先に馬車に乗ってなさい。私が呼んでくるわ」


 目論見は成功し、ミュリエルは話を止めてアデラレーゼの居る屋根裏部屋へと向かって行きました。


 背を向けて歩いていったミュリエルに、二人の姉妹はほっと胸を撫で下ろします。

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