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賢者の墨付き  作者:
1/1

馬車にて

汗と糞尿の臭い。

揺れる床。

激しく軋む身体。全身を打撲しているようだった。

頭の中が混乱しているのが分かる。

思考を遮るように聞こえてきたのは輓馬の嘶き。

馬車の中にいる数名の人物を月明りが照らす。

どれだけこの状態でいたのか。

そんなことを考えて数分が経過した頃、意識がはっきりとしてきて分かったことが一つ。

自分が何者なのか分からない。底のない恐怖を感じた。

だが、原因は何となく分かった。全身の痛みの中で一番酷かった後頭部の痛み。

強く殴られたか何かで記憶が欠落しているのだと、そう思った。

理由が分かると、恐怖はすぐ無くなった。

それからほどなくして、馬車が止まる。


酷く下賤な言葉遣いが外から聞こえてきて、馬車の後方へと回る。

この人物が恐らくここにいる人間を攫ったのだろう。

カーテンが開かれてこちらへ罵声が飛ぶ。

「さっさと降りろ奴隷共!ったく馬車の中汚しやがって…」

不思議だった。


どうしてこの男はこれほどまでに無防備なのだろう。

こんなに無防備だと、すぐ狩られてしまうのではないだろうか?

例えばこう

「…ぐりっ」

俺は御者の腰に差してあったナイフを口で掴み、そのまま横に一薙ぎした。

激しく飛び出す血液と臓器。

御者の言葉にならない叫び声。

その傷は命に届く傷だった。


「”それ”はいけない。奪えば奪い合いになる。それではいけないのだ」

俺は思わず振り向く。

馬車の中、小さく、でも確かにその場全員に聞こえるように一人の老人が呟いていた。

次に老人が何もない場所に手を翳すと、どこからともなく老人の背丈ほどの長い杖が現れて

「遡れ」

その言葉と共に先ほど俺が腹を裂いた御者の傷が修復した。

「しかし、人を売り捌く者も決して許されていいわけではない。だからそうだな…」

手を組み、少し悩んだ表情をした老人は再び杖を御者へ向ける。

「償いの気持ちが芽生えるまで”痛み”を与え続ける」


途端にその場に崩れる御者。糞尿はおろか体中の液体が漏れ出す。

ふいに老人がこちらへ話しかけてくる。

「君は良い目を持っているようだ。癖の悪さはその目のせいか」

続けて老人は語りかける。

「君にもこの世界にも変わってもらう為に私はここに来た。私はオウル」

ああ。この人には名前があるのか。

俺は誰なんだろう。

俺にも名前があるのだろうか。

家族は。友達は。

言い知れぬ恐怖。

だが、その中に小さくほんのわずかに

正しさのような曖昧なものを感じた。


これが我が師との出会いだった。











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