入学
「ねぇ、ノヴァ」
「何?」
森を抜けて、見たことない街に辿り着いた時、シンスが急に、話があると言った。
そして、人がいない路地裏に引っ張られ、さっきの言葉を言われたのだ。
今日は引っ張られてばっかだな──なんて軽々しく思ってたら、話を聞け! と怒られた。
酷くない?
ちょーっと違うこと考えてただけなのに。
「だから、それがダメって言ってんの!」
おっと、聞こえてたみたい。
「はいはい、ごめんなさい。──それで、何?」
「ノヴァは、私が創造神でも怖くないの?」
「なんで?」
「なんでって、私は最強なのよ? やろうと思えば、地球をぶっ壊すのは出来るんだし」
そう言われて思い出したのは、隕石で死んだ地球。
あー、そういえばさっきやってたね。
「別にぃ? 最強なら、僕のこと護ってくれるし怖くないよ?」
そう言うと、シンスは少し驚いた。
なんでなんかって言われましても、僕には分かりやせん。
「ふふっ、やっぱりノヴァを選んで良かった!」
「今更気づいちゃう? もっと早く気づいて欲しかったな〜」
「いいじゃん、気にしない気にしない!」
急に明るくなったシンスは、僕を抱き締めて、行動に移った。
そして、瞬間移動する。
いつの間にか、目の前には山があった。
「ここがトラなんとか山脈?」
「トライデント山脈!」
なんか僕が阿呆みたいに思われそう。
だから別に正解の解答せんでいいって。
──気を取り直して。
どうやら、もう夜らしい。
星が見えるのかと思ってたけど、あいにくの天気で、ところどころが欠けた月が見えるだけ。
「学園なんて見当たんないけど、どこにあるん?」
「ないというか、見えないようにされてるから」
「え、じゃあどうやって見つけんの?」
「そんなの、私に任せ──」
突然目の前の、土で出来た壁が割れた。
ちょうど人一人通れそうな隙間が出来ている。
「あっちからお出迎えみたい」
お先に〜とシンスが隙間に入っていく。
置いてかれるのが嫌で、僕も慌てて隙間に入った。
出口に出ると、そこには大きな噴水があった。
色とりどりの花が、目をチカチカさせてくる。
「ここが、賢者の学園」
「めちゃくちゃ綺麗やん!」
奥にある建物は真っ白で、どっかのクソでかいお墓みたいに左右対称だった。
こんな豪邸見たことねぇ。
今からここで過ごせるのかと思うと、興奮してきた。
「ふん、今回の生徒は問題児のようだな」
後ろにあった大木の枝に、誰かが立っていた。
そんなこと、言わんでいいのに。
「誰?」
「お前のような問題児を相手する、可哀想な先生だ」
そう言うと、ソイツは枝から飛び降りた。
クソ長い黒髪はポニーテールにされて、はらりと舞う。
あれは、袴?
上の服は藍色? 紺色みたいな色をしていた。
下は血のように真っ赤で、右眼を思わず抑えてしまった。
そして、その顔は狐のお面で隠されている。
狐のお面······お面、仮面······っ?
急に、アイツの言葉が思い出された。
──お前は、不幸を振りまく存在だ──
──厄災神である自分から見ても、お前の方が厄災を振りまいていると思えるぞ──
──うるさいっ!
「······ノヴァ!」
「ゔ、んっ······?」
頭がなかなかスッキリしない。
少しずつ視界がハッキリしてきたけど、それと同時に、アイツの言葉も思い出した。
シンスに膝枕をされているから、こんな顔を見せたくない。
だから、熱があるかのように、額に手を当てて顔を隠した。
「しんどいの? 倒れたし、熱でもあるんじゃない?」
そう言いながら、シンスが額に触れた。
すると、シンスが眉をしかめたのだ。
「やっぱり、熱があるじゃない」
「えっ?」
気づかなかった。
まさか本当に熱があったなんて。
倒れたの、熱のせいだったのかな。
「テング先生、ノヴァが起きました」
「そうか、死んだのではなかったのだな」
あの大木の下に、アイツがいた。
──天狗?
テングって、あの手紙の?
「死んだって、そんな酷いこと言わないでください」
「ふっ、ソイツの顔色からして、死にかけだと思うのは正常だと思うぞ」
なんでシンスは、ソイツに敬語使ってるんだろ。
あの女、なんかどこかで会った気がする。
どこだ?
思い出せない。
「ノヴァ、部屋で寝かせてもらおう」
「······うん、わかった」
なんか今は、どうしても寝たい。
今だって、目を開けているのが辛い。
だから、今は大人しくシンスにおぶられようと思った。
「瞬間移動で部屋まで連れて行ってやる」
あ、の女······瞬間移動できんのか。
最後に思ったのが「ずるい」だなんて、馬鹿馬鹿しい。
だけど襲いかかる眠気に抗えず、僕は意識を失ったのだった。
─────────────────────────
「明日までに回復させてやれよ」
テングと名乗る女は、静かにドアを閉めて部屋を出ていく。
ノヴァが倒れた時、あの女はすぐに駆け寄ったが、特に何もしなかった。
何故だと思いつつ、ノヴァの顔を覗き込んだ。
青ざめた顔で、脂汗が額に滲んでいる。
大丈夫······ではない。
それにしてもあの女、只者ではないだろう。
別に勝てないワケではないが、お遊びだと油断したら、死ぬのは自分だ。
どうやらこの学園のお偉いさんらしいし、面倒事は起こしたくないから敬語で対応することにした。
だからといって、あの女を敬う気持ちなんてない。
私が護らなければならないのは、ノヴァただ一人だから。
「ん······」
「あ、おはよ──ってか、もう昼だけど」
「は、もう昼!?」
ガバッとノヴァが起き上がって、周りを見渡した。
この学園に着いたのが夜。
そして今はお昼。
仮眠にしては取りすぎているんじゃないかと少し呆れてしまった。
「ここは、どこ?」
「学園の、空いてる部屋」
そこのソファーにノヴァを寝かせたのだ。
でも今は、ゆっくりしている暇はない。
もしさっき、ノヴァが自分で起きなければ、私が思いっきりビンタして起こしてやるつもりだった。
「早くしないと、入学式に遅れるよ!」
「げっ、どんだけ寝てたんや······」
「いくよ!!」
ノヴァの手を掴み、白の大理石の床を勢いよく蹴る。
カツカツと、ブーツの当たる音が、誰もいない建物に響いた。
「大広間は······あそこね」
人集りが出来ているところを空間認識で把握し、目の前と大広間を時空連結で繋いだ。
目の前に現れたワープゲートをくぐると、大勢の視線が突き刺さった。
そりゃそうかと、少し反省する。
こんなとこで力の一欠片を見せるんじゃなかったなと。
「また能力使ったぁ?」
自分の足で歩けよ──とノヴァが呟いた。
そう言いながらお前もワープゲートくぐってるだろ、と心の中で思った。
「なら次からは、ノヴァは一人で歩いてね」
「それはヤダ」
ノヴァとあーだこーだ言い合っていると、急に辺りが暗くなった。
そして、飾り立てられた壇上に、誰かが現れた。
そこだけに照明が当てられ、その場にいた全員の視線が集まる。
「諸君、よく集まってくれた。私がこの学園の設立者である! この時から君達は、この学園の生徒だ。君達が素晴らしい学園生活を過ごせることを祈っているぞ」
そう言ったのは、髭を生やしたオヤジ。
偉そうな態度で少しイラつくが、ここは我慢しなくてはならない。
暫くするとオヤジが消えて、あたりの灯りが戻った。
どうやら、あのクソオヤジの長い長い話は終わったようだ。
「長いって······」
「こういう話はね、違うことを考えておくといいのよ」
そう言えば、ノヴァは感心したようにほへーと呟いた。
いいことをしてやったと思う。
すると、壇上にあの女が現れた。
「お前ら、この学園で何が欲しい?」
マイクで話しているワケでもないのに、その声は大広間に響く。
それほど、静かだった。
何が欲しいか、そんなの私には分からない。
全て手に入れられる存在だから。
「アニメみたいな青春!」
だから、隣でそんなことを叫ぶ青髪の少年のことを、不思議に思った。
周りが一瞬静かになったかと思うと、ドッと笑い声が大広間に溢れた。
「あれ、別に変なこと言ってないよね?」
「うーん、変ってわけじゃないけど、ちょっと変わってる気はする」
「えぇー、みんなは青春感じたくないん?」
「そういうことを言える空気じゃなかったから」
コイツは、本当に空気を読まない。
いや、そもそも空気ってどうやって読むの? ──なんて言いそう。
そんなことを思ったから、私は言わなかった。
ノヴァという少年は、川の流れに逆らうことを好むのだと、その時私は理解した。
─────────────────────────
「シンス、僕と同じクラスなんやな!」
「そうね、どんなクラスメイトがいるのかな」
入学式が終わり、僕らは教室に向かっていた。
あの女、あの一言言ってから、すぐに姿消しやがって。
一体どこに行ったんだか。
そのあと色んな奴らに絡まれて大変だったのに。
また女子だと思われたし。
······ッチ。
なんか無性に腹立ってきた。
「僕は女じゃねぇんだよッ!!」
僕は近くにあった教室のドアを蹴りで吹き飛ばした。
「ノヴァ! 自分の教室破壊してどうすんの!」
「へ? 自分の教室?」
「そうよ! 私達は乳香組、んでその教室がココ!」
シンスがそう言って、どっかの誰かさんのせいでドアが破壊された教室を指さす。
あっちゃー、初日早々やらかした。
「まあまあ、これくらい大丈夫だって!」
「知らないよ、寿命縮んでも」
呆れたように溜め息をつくシンスより先に、僕は教室へと入った。
「ちーっす、よろし──」
そして襲いかかる、超高密度のエネルギー弾。
やっべ、死んだ。
そう思ったら、シンスが結界を張ってくれて、なんとか死なずに済んだ。
「せんきゅー、シンス」
「だから言ったのに」
やっぱもうちょい慎重にいくべきだったとすこーしだけ後悔した。
ちゃんとシンスには感謝の言葉を伝えたし、これで問題解決! と思ったのだが──
「ちぇっ、死んだと思ったのによ。女に助けて貰うような軟弱者のクセに、運の良さはピカイチらしいな」
エネルギー弾を撃ってきた赤髪の男子には、不満があるらしい。
「あん? なんか不満でもあんのか?」
「あるから言ってんだ」
燃えるように真っ赤な髪と瞳。
右眼を隠す、黒い眼帯。
どっかのコスプレイヤーやんけ。
バトル系の漫画にいそう──なんて思ってたら、赤髪が僕に近づいて右眼をまじまじと見つめてきた。
「お前、右眼見えてねぇだろ」
「······なんで分かった」
絶対気づかれないと思ってたのに。
シンスは多分、気づいてる。
それでも聞いてはこなかった。
僕はそれで良かった。
「別に理由は聞かねぇが、隠すことたァないと思うぜ」
「隠すことに意味があっから、やってんだ」
「ふーん」
絶対に右眼は見せてはいけない。
今初めて会ったコイツが、死んでしまうかもしれないから。
誰も喋らない空間が出来上がりそうだった時、僕が蹴り飛ばしたドアのところから声が聞こえた。
「なんでドアが吹っ飛んでるの?」
教室のドアに向かって振り返ると、そこには一人の白髪の男子が立っていた。
口にくわえていた棒付きキャンディを手に持ち、教室を見渡すその瞳は、とてもキラキラしている。
美少年だ!!
やっと出逢えた。
今までテレビでしか見たことしかなかったイケメンが、目の前にいる!
「ここにいるオカマがやった」
「······そう」
誰がオカマだ、黙れコスプレイヤー。
心の中で、赤髪に中指を立てながら、イケメン君を見つめる。
藍玉色の瞳。
女性のように美しい顔。
サラサラな髪。
──うん、合格。
「おいレイ、お前挨拶くらいしろよ」
「なんで?」
「なんでって、お前なぁ······」
イケメン君は赤髪を無視して、近くにあった席に座った。
そしてそのまま、スマホで音楽を聴き始める。
どうやらツンデレ君みたい。
「今のは······?」
「アイツはレイ。反抗期中だから、気をつけろよ」
「じゃあお前は?」
「オレはイオン。よろしくな!」
「イオン? どっかのスーパーみたいな名前やな。まぁいいか。僕はノヴァ。よろしく」
そう言って僕は手を出した。
もちろん握手をするため。
そしてイオンも、手を出して──
「ゔッ、いっだぁぁぁァァ!」
力込めすぎぃ!!
絶対わざとやろ。
引き剥がすように手を離して、イオンを睨みつける。
「お前ぇ······」
「わりぃわりぃ。これがオレ流の握手なんでな」
絶対嘘だ。
そんなの毎回してたら、いつか手が粉砕されるわ!
へらへら笑うイオンを睨みつけていたら、仲間を見つけた。
あのイケメン君が、僕と同じようにイオンを睨みつけていたのだ。
いや、僕も睨まれてるかも。
「うるさい」
わぁー、怒られた。
「こんなとこで音楽聴いてるお前が悪ぃよ」
「うるさくしてるお前らの方が悪いに決まってるだろ」
レイ君、一体どんな曲聴いてんのかな──とかそんなことを思っているうちに、イオンとレイ君の喧嘩が始まっていた。
「ふざけんなよ、お前」
「はぁ? ふざけてんのはお前の方だし」
どっちもひかない。
悪いっていうなら、多分僕が一番悪いよね。
なんかいつの間にか武力行使しかけてるけど、コレどうしたらいいんだろ。
シンスに頼もうかな──って、多分断られるか。
というかシンス、なんかもう既に席に座ってるし。
どうしようかと悩んでいると、席に座っていたはずの少女が立ち上がった。
真っ黒な髪は邪魔にならないようにまとめ、丸眼鏡をしっかりとかけている。
真面目な子なんだろう。
「この馬鹿共! 入学早々問題起こすんじゃない!」
「げっ、アン!?」
「馬鹿はコイツだけだよ」
「はぁ!? 自分だけ助かろうとしてるんじゃねぇよ」
なんか更にうるさくなったな。
大人しそうな女子だったけど、気が強そうだ。
──パリーン。
外にある窓ガラスが割れ、誰かが教室に入ってきた。
「ふっ、麻呂のクラスはここだな。なかなか個性的な者が集まっておるではないか」
個性的なのはお前だろと僕は思った。
いや、多分全員思った。
ツインテールでまとめられた金髪は毛先に向かっていくにつれてピンクに染まっており、顔はがっちりメイクで決められている。
ギャルだ。
初めて見た!
「僕ノヴァ! よろしく!」
「む? 麻呂はラーシャじゃ。其方はノヴァというのじゃな。よろしく頼むぞ」
二階の窓から入り込んで来たヤバい奴の割には、ちゃんとした挨拶だった。
なんか物凄く良い奴に思えてくる。
あれだね。
不良がいいことしたら、めちゃくちゃ良い奴やんって思えるらしいあれ。
あのド田舎には山賊とかしか悪はいなかったからわかんないけど。
「このクラス······おかしい奴しかいないじゃない」
突然シンスがそう呟く。
そしてそれに答える声が一つ。
「そうだ。このクラスは、問題児の集まりだからな」
「「「「「「······!!」」」」」」
そこに居たのは、一番会いたくなかった、あの女。
ソイツは当たり前のように黒板の前に立っていて、教卓に何やら書類をドサリと置いた。
そして、僕達を見つめる。
「私がお前らの担任、テングだ」
「「ええええっっーー!?」」
教室に、僕とシンスの声が響き渡った。