成功する復讐
僕は、この屋敷で一番綺麗な人だ。
クマとのお揃いコーデで、壊れた屋敷を歩く。
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ガラガラと建物が崩れ、黒い煙が空を埋め尽くす。
燃え上がる炎は、使用人達を巻き込んで大きくなっていく。
なんで、こんなことになったん······?
ぎゅっと抱き締めるのは、少し耳が焦げたクマのぬいぐるみ。
自分の髪や服だって、ところどころ焦げてしまっている。
お揃いコーデって、こういうことなんやろか。
「か、あさんっ」
寂しい。
人は沢山いる。
でも、みんな静か過ぎた。
炎の音が耳から離れない。
誰か、ちょっとでもいいから喋ってよ。
こんなことになるなら、今日はもっと遅くまで起きときゃ良かった。
どんなに我儘な理由でもいい。
どんなに怒られたっていい。
隣に人の暖かさが消えてしまうことが、どんなに不安なのか、僕は初めて知った。
「お前が探しているのは、この女か?」
急に炎の中から、誰かが現れた。
真っ黒なローブを身にまとった変な奴。
顔はフードで隠れてて、怪しい格好だ。
そして、そんな奴が抱えていたのは、母さんだった。
「母さん! ······ねぇ、返事してよ」
握りしめた手は、まだほんのり暖かった。
それが、周りの炎のせいじゃないと思いたかった。
だけど奴は、人の心を持ってなかった。
こちとら母親と感動の再開してんだ。
それを一番最悪な形で中断させるとか、僕には許せなかった。
だけど、それが許せないはずなのに、僕はなにも出来ないでいた。
奴が母さんの身体を真っ二つに斬った時、僕は感覚がおかしくなったようだ。
裸足に突き刺さる小石の痛みや、爪に入り込んだ土の不快さが、風に吹き飛ばされたかのよう。
「なにしてんの······?」
激昂することも、泣くことも。
全てが無駄に思えた。
そんなことしたって、母さんは戻ってこない。
だから、ただ疑問を口にした。
「お前の母親に止めを刺した。それだけだ」
「僕の母さんはそんなに悪い事をしたん?」
「いいや、悪いのはお前だ」
そう言うと、僕の右眼を奴は潰した。
痛み?
そんなものは無かった。
あったのは、母親を殺したアイツに対する怒り。
その時から、僕は奴──厄災神に復讐することを誓った。
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「そこのお嬢ちゃん、俺らと遊ばない?」
「そうそう、お金なら沢山あるんだわ。だからさ──」
「結構です」
「え?」
「アンタらのような阿呆と遊び呆ける暇はありません」
商店街の道のど真ん中。
そこで、またナンパされた。
一体、一日何回されればいいんや。
ここで突っ立ってるのもめんどくなってきたな。
「では、サヨウナラ」
「ちょ、待てやオイ」
ガシッと腕を掴まれた。
わいせつ行為で逮捕されろ、この変態。
仕方ないし、正当防衛といこう。
もう片方の手で男の胸ぐらを掴んで、そのまま地面にぶつける。
「ぐあァァァぁッ」
「うるさい」
もう一人の男を見ると、ソイツは僕を睨んでいた。
もしかして、殺気だけで僕を大人しくさせられるとでも思ってるんやろか。
いるんだよね、こういうガキ大将系男子。
小学校の頃にただ暴れ回ってただけで相手が怯んでたからって、いつまでも変わらない調子に乗ってる阿呆。
「何?ジロジロ見て」
「てんめェ······」
駄目だ。
こんな阿呆共に付き合ってらんない。
めんどかったから、男に拳銃を突きつけた。
「僕をフルボッコにしたいんやったら、コイツで頭吹っ飛ばすぞ」
「ヒィっ!?」
怯える男の股間に銃口を向けて、引き金を引く。
ピューっと水が飛び出し、股間を濡らした。
馬鹿だね、コイツ。
コレ、拳銃じゃなくて玩具なのに。
「お漏らしするような男なんかと遊びたい女なんかおらんやろ」
そう言って、僕は歩き出した。
でも伝え損ねたことがあったから、振り返って阿呆共に告げた。
「僕は男や」
今度こそ、もうコイツらに用はなかった。
商店街を抜けて、都会から飛び出して。
誰も近寄らない森に、グイグイと突っ込んで。
森の開けた場所へと出れば、そこにはポツンと一軒家。
「おい、クソじいじ! 昼飯はまだ?」
ドアを力任せに開ける。
そして、そう言い放つと、死にかけの爺さんが此方にやって来た。
「阿呆が! お前は恩人にクソをつけるのか!」
「だっておかえりいっつも言わんやん」
おかえりの言葉もないとか、クソやろ。
というか、恩人?
僕を誘拐した犯罪者、の間違いじゃなくて?
「お前もただいま言っとらんだろうが」
「おかえり言ってくれたら言う」
「阿呆が」
あーもう駄目だ。
このままじゃ昼飯食べられんくなる。
いつもなら、この犯罪者が押し負けるけど、今日は僕が折れなあかんのやろか。
そう思ったら───
「フンッ、まぁいい。それより······お前に手紙だ」
いつも通り、犯罪者が折れた。
それより、なんだって?
「僕に手紙? 殺害予告とかじゃなくて?」
「ああ、差出人は天狗。賢者の学園とやらからだ」
「へぇー、面白そうやん」
封筒をビリビリ破って、手紙を読む。
『次の新月の夜、トライデント山脈まで来られたし』
「──は? これだけ?」
どれだけ手紙書くの面倒なんや。
ホントに必要なとこだけ持ってきたって感じの文章。
「ワシから一つ言っておく。お前は行くな」
「なんで?」
「怪しすぎるだろうが! 少しは警戒しろ!」
うるさい。
やっぱ年寄りって耳が遠いから、普段の生活でもクソ大声出すんだよな。
鼓膜破れるわ。
「クソじいじ、お前は関係ない」
「お前のようなクソ餓鬼の、仮の親なんだぞ。わざわざ我が子を死に行かせるようなことはせん」
「いやだね! 絶対死ぬもんか」
靴を適当に履いて、家を飛び出す。
踵が靴を踏んづけているせいか、走りにくい。
倒れかけながら家を振り返って見ると、玄関で溜め息をついてる犯罪者が見えた。
やっぱ頭の硬い大人は嫌いだね。
頑固過ぎて話通じないから。
度々顔にかかる髪をはらいながら、僕は走り出す。
僕は、男だと思われたことが無かった。
なんでやねん。
容姿が女に似てるとかで。
ふざけんじゃねぇよ。
ちょーっと髪が長いだけなのに。
こんなにバッサバサの睫毛、目に入って痛いのに。
これのどこがいいんだ。
女と間違われてナンパされるんだぞ。
瑠璃色の髪なのがいけないんかな。
目立つし。
それと、金色の瞳なのもいけないのかも。
「はぁ〜〜っ」
溜め息をついて、辺りを見渡した。
ここはド田舎だ。
コンビニは、駐車場ナッシングコンビニ(全然駐車場がなくて狭いコンビニ)とかじゃないし、クソうるさい車の音も聞こえない。
ただ、美男美女が少ないのが駄目だ。
テレビに映った女優とか俳優とかと比べたら、僕なんて普通だろ。
それなのに、ここにいたらナンパされるのがルーティンになっちまう。
ふざけんな。
「あ〜あ、早く賢者のなんちゃらに行きたいのにぃ」
「だったら、少年。私と行かないか?」
「え?」
いつの間にか、目の前に誰かがいた。
頭に被ったフードのせいで顔は分かんないけど、多分コイツは女だ。
声で分かる。
──それより、なんだって?
「今、僕のこと“少年”って言った?」
「え?あ、うん······」
初めてだ。
初めて男だって言われた。
嬉し過ぎる。
「なんで!? なんで分かったん?」
「なにが?」
「なんで僕が男だって、分かったん?」
すると女は、急に黙りこくった。
まぁ、いっか──とか独り言を呟いて、フードをパサリとおろすと、女はニヤリと笑みを浮かべて。
「そりゃ、私は神だから」
そう言ったのだ。
アメジストのように透明感のある紫色の瞳を輝かせて。
薄っすらと紫味がかかった銀髪を風になびかせながら。
「神?」
「そう、神」
「阿呆神?」
「いや、創造神!!」
なんかコイツは、創造神らしい。
なんか強そう。
最強キャラっぽいのにこんなド田舎にいていいんか、創造神。
「創造神ってことは、強い?」
「当たり前よ。私はこの世界を創ったんだし」
そう言うと、花束を創って僕に差し出した。
どこからか取り出したとかそんなんじゃなくて、生み出したって感じ。
「おお〜〜」
「信じてくれた? まだ信じないのなら、もっとやってやるわ」
なんかやる気出したぞ。
別にもう信じるんだけど。
でも、創造神はやる気満々。
「ちょっと掴まってて」
「はい?」
急に腕に捕まらなきゃいけなくなった。
いやなんで?
仕方なく腕に捕まった。
すると、甘い香りが鼻腔を満たす。
「じゃ、いくよ」
「え、ちょ、えっ?」
急に周りが眩しくなって、足がふわりと浮かぶ。
創造神が何をしたのか、大体わかった。
そりゃ、目の前に地球があって、周りが宇宙空間だったら、少しは想像つくだろ。
創造神と僕は、瞬間移動したんだと。
「流石創造神や······」
「まだまだこれからよ?」
コイツ、聞く耳を持ってない。
もういいんだっての。
じゅーぶん君の凄さは伝わった!
だから、これ以上のことって、絶叫するに間違いなしのことに決まってる。
「どんっ」
直後、地球はぶっ壊れた。
いや、そんな無邪気な言葉と共に大量の隕石創り出して、地球にぶつけるとか頭イカれてる。
地球消滅ッ。
実に呆気ない最期。
創造神の力を見せつける為だけに消えるなんて。
「ほぉ〜れっ」
だが、創造神のそんな言葉で、地球は元通りとなった。
もう、なんも言えん。
言えることと言えば、「流石創造神!」ぐらい。
「あ、もうええんやけど」
「そう? もっと見て欲しいのに」
「疑ったりしてないし、最初から」
そう言うと、創造神は満足気に笑った。
やり過ぎだろ──なんて、言えないね。
人間にとっちゃ大事件なんだけど、創造神にとっちゃ暇つぶし程度の事なんだろう。
「じゃ、戻ろっか」
「おけ〜」
足が久しぶりに地面と再開しているのを肌で感じながら(カッコよく言ってみただけ)、辺りを見渡す。
テレポートする前と変わんない景色。
思わないやろうな。
地球が消滅したとか。
「んで、君が創造神なのは分かったけど、······それでなんやったっけ?」
「私と賢者の学園に行かないか、だよ」
「そう、それ。創造神もこの手紙持ってるん?」
一文しか書かれてない、面倒くさがりが書いたであろうこの手紙を見せながら、創造神を見つめる。
「持ってるよ、それ」
ニヤリと笑う創造神。
そう言って創造神が見せたのは、僕のと同じの手紙。
「分かった?だからさ、一緒に行こう? 賢者の学園とやらに」
「いいん?」
「いいよ。それにこれは私の願いなんだから、私の願いを叶えてくれたら、君の願いも一つだけ叶えてあげる」
私の願いって、僕と一緒に学園に行くことやろ?
それなら、コイツと行くだけで、僕の願いが叶う?
YESと頷かない訳が無い。
「うん、分かった。一緒に行こう」
「そう言うと思った! なら、君の願いを聞かせて」
願い?
そんなの、あの日から決まってる。
アイツに────
「厄災神······アイツに復讐したい。それを、絶対成功させて」
「復讐は自分でしたいのね」
「そう、自分でする。それを失敗させないようにして欲しい」
創造神は、余裕の笑みを浮かべていた。
そんなこと、朝飯前だと言わんばかりに。
「いいだろう、必ず君の願いは創造神が絶対に叶えてやる」
「頼もしいね」
その日、僕の願いは必ず叶えられると約束された。
世界最強の神──創造神が、成功させてやると言ったのだから。
───そしてその願いは、実現される───