ポルックス・テュンダ23歳、晩秋。〜猫が好き〜
「…ご迷惑をおかけいたします」
「ついでだから遠慮しないで。お義兄さんのところに着くまで休んだ方がいい」
「でも…」
「その顔色ではお義兄さんに心配されてしまうよ?落ちないように支えてあげるから」
「何から何まで、ほんとうにありがとうございます」
よほど疲れていたのだろう。こてんと横になるなり、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえて来る。淡い色味の柔らかな生地はいっそう少女を儚くみせて、呼吸音だけがこの世に彼女がまだ存在している標のようだ。頬にかかった髪をそおっと戻してやると、膝の上、気持ち良さそうな笑顔が溢れる。
「…参ったな」
ポルックスは思わず呟いた。
*****
「マドレーヌ嬢?ええっと…お疲れさま」
「あ……、ポルックス様、ご機嫌よう」
食堂での断罪劇を見届け。一人になったところで話しかけると、感情がそっくり抜け落ちたような薄い表情で、マドレーヌはようやっと笑う。そこには生命力の漲るいつもの姿はない。
彼女はポルックスが任された監視対象者だ。このまま王立学院に放置することは出来ない。だから、保護者であり、ポルックスが向かっても不自然ではない、王宮勤めの義兄の元に送り届けると申し出た。
「…まったく、いちいち不便な目だな」
流れる景色に混じって窓に映る自身の顔に“嘘”の色が被る。そんなことくらい、とっくに知っているというのに。
―思わず手をとったのは、そのまま雪のように消えてしまいそうだったから。
―思わず嘘を吐いてまで馬車に乗せたのは、本能の慟哭に突き動かされたから。
―思わずこうしているのは…。
「おっと」
小石を撥ねたか、馬車がカタンと揺れた。慌てて手を伸ばして体を支えてやるも当の眠り姫は目を覚ます様子もなく、ポルックスの掌に頬を擦り寄せニマニマ笑う。
――猫っぽい
そう思ったが最後。辺境伯家で飼っていた猫たちの思い出がぶわりと呼び起こされ、仕草の一つひとつがマドレーヌの挙動とリンクする。
獲物に狙いを定める時の爛々とした目。
マイペースで思い通りにならない性格。
嫌な気配を敏感に察知して姿を眩ます習性。
そのくせ人懐っこくて無邪気に寄ってくる。
「猫、か」
ふわふわの毛に柔らかな体。
教会の一室まで横抱きにしたあの時の感触が蘇る。
「猫は、好きだな」




