マドレーヌ13歳、晩秋。~断罪イベント!!~
「あたし…すごく怖かった……!」
「可哀想に、こんなに怯えて。幼気な少女になんと酷い真似を」
平凡な容姿の少女と猫背気味の男が躍り出たのは食堂の扉前。ランチを終えた直後に始まった茶番に多くの人間が出口を塞がれ、困惑顔で足を止める。
「マドレーヌ・コメルシーという悪女は、この少女からアイデアを奪い取っただけでなく!家ぐるみで他家の威信を害しt」
「ズコット用務官。このような騒動を起こして、どのようなお積もり?学院長にご許可は得ているのでしょうね?」
意気揚々と語り出した男の言葉は、無礼なほど慇懃な口調の声で遮られた。
「あなたっ!あなたが、あたしのアイデアをとるからっ!」
「馬鹿!違う!あの方じゃない!!出てこいマドレーヌ・コメルシー!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ2人を冷ややかに見つめているのは礼儀作法を教えるプロトコル夫人。女家庭教師として複数の高位貴族家に雇用経験があり、引退前の最後の教育の場として王立学院に迎えられた老貴婦人だ。プロトコル夫人を指して「アイデアを奪った」と唾を飛ばす少女と、それを慌てて止める男。冤罪は明らかで、困惑から一転、場は騒然となる。
「皆さま。ご静粛に、ごせーしゅくに」
パンパンと柏手を響かせ、予定通り群衆の中からパルフェがゆったりと進み出た。
「あなたがマドレーヌ・コメルシー?」
「盗用されたというなら、貴女が一番ご存じなのではなくて?」
流し目に薄い唇をきゅっと引き絞った蠱惑的な笑み。同性でも心疼くほどに艶やかで、男に肩を抱かれて立つ地味な少女にとっては挑発的ですらあった。
「そうやって男の人をたぶらかして」
「随分な妄言ねぇ」
「身分をたてに平民をいじめて」
「あら?マドレーヌ・コメルシーは自分から田舎者だと言って回る変わり者ですわよ?」
パルフェが反論するより早く声を上げたのはブリガ・デイロ。
「浪費家で」
「あんな質素な身なりを浪費家だなんて、貴女のお家の内情が案じられるわ」
「秋の木々の彩りの美しさを損なわぬためだそうよ。奥ゆかしくっていらっしゃるお方ですもの」
ブリガ・デイロに加えてコモリも参戦した。
「おうちは悪い商売をしてるって」
「下級官吏の配給食が乏しいのを哀れまれて、安価でも栄養価の高い副食を開発されているお方がか?」
「ああ。先日、学院警ら隊の元に運ばれていたのはそれか」
呆れ声のジョニーに続くのはいつぞやの剣術指南で見た誰かの声。
「埒があきませんわねぇ。
ねえ?先ほどからわたくしに言っている貴女のその言葉、嘘偽りなく、何事も真実のみを述べたものだと、誓えて?」
パルフェは詰まらなそうに半眼になり、よく磨かれ花びらのように形の整った爪を見遣る。男の方はパルフェの言葉に蝋のように顔色を白くしたが、少女は憤怒に顔を赤黒く染めていきり立った。
「もちろん!いだいなる王家のみなの下に、あたしはあなた、マドレーヌ・コメルシーをだんざいするわ!!」
「そう。ところでわたくし、コメルシーさんではありませんけれど?そんな貴女はどこのどなたかしら?」
*****
盗用疑惑をかけられたマドレーヌが行ったのは、いわば選挙活動だった。
「お進み具合はいかがですか?わたしでよければ、またご相談にいらしてください。みんなでよい文化祭にしましょうね」
買収やデマ、怪文書など貴族らしい金満選挙で来るなら、迎え撃つこちらは選挙人の元をこまめに訪ねるドブ板選挙。相談役として応対した各人を見掛けては問題ないかと聞き、その姿を周囲に見せる。
「この案で良いか心配だったのですけれど、先生にそう仰っていただけて安心しました。貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます」
ささやかな成果でも広報してこそ価値がある。するべきことをしていれば判ってくれる、など傲慢だ。常に自分が周囲に注目されていると思わなければ、そんな発想は出てこない。人は基本、他人の仕事にそれほど興味はないものだ。
「コメルシーさん、あまり根を詰めなくて良いのですよ?」
「わたしは経験も学びも足らず、未だ進路の定まらない身です。この機会になるべく多くの皆さまと語らい、貴族家の人間がなすべきこと、あるべき姿を感じ取りたいのです」
賛成票は読み難い。しかし、同情票と批判票ならば。
百聞は一見にしかずとよく言ったもので、人間は自分が実際に見たものを事実として強く信じる性質がある。
「我が家で開発中の携帯食を皆様にお試しいただきたいの。聞けば、大変なお仕事だというのにお食事はとても簡素だと。それではいざという時、お力が出ませんでしょう?」
淡いベージュや生成りの綿のシンプルなワンピースに身を包む清廉な姿。勤勉かつ思いやり深く。下の者にも心を砕く。そんなイメージを各所で印象付けた。養母のアイデアによりワンピースの裾に返しを作り銅貨で重しを施してある。これなら風が吹いても捲れないし、動きに呼応して淑やかに揺れる。このイメージ戦略が成功すれば、相手はよりインパクトの強い手段を講じるより手立てはなくなるはずだ。
――今回の泥試合の目的は、勝つことではない。負けないこと。
*****
パルフェの一言で、すべてが終わった。
ズコット用務官と名も知らぬ少女は職員と警ら隊に囲まれてどこかへ連れて行かれ、女学院生ということでプロトコル夫人も付き添った。
帰りを急ぐ学院生達は彼らを憎々しげに見送った後足早に外へ向かい、そのほかの学院生も苦笑混じりに食堂を出る。そんな盛大な自爆で終わった茶番劇に一向に姿を現さなかったマドレーヌはといえば…。
「マドレーヌ様、もう安心よ」
「驚かれたことでしょう?」
同期生らの壁の内側でしっかり守られていた。
「まったく。はた迷惑な連中ですね」
そもそも。彼らの言い分が事実であろうとなかろうと、先ずは王立学院に訴え出る案件だ。正当な手順も踏まず、貴族を監禁するようなテロリストの要求に応じて姿を現すなどもっての外。
「ありがとうございます皆様。助かりました」
この劇中にマドレーヌはいない。すべては卑怯な振る舞いを見て義憤に駆られた少年少女の友情と正義感が成し遂げたこと。それでこの劇は大団円。拍手喝采、おめでとう。
「ブリガ様。コモリ様。ジョニー様達も、皆様ほんとうにありがとうございました」
あちこちでぺこりと頭を下げて、いよいよ共謀者かつ主演女優でもあるパルフェの元へ。もしも衆人環視の中で何事か行われた時、彼女は第一声を発して場の流れを誘導し、できれば言質を取る役割を申し出てくれた。一度は固辞したが、マドレーヌに与することは自分の利益になると言われては断れない。
「ほんとうに、ありがとうございましたパルフェ様」
「法を学ぶ者として、とても見るに耐えませんでしたの。お気になさらないで」
そういうと、パルフェはぐいっとマドレーヌの体を引き寄せ抱きしめる。春の花にも似た淡く優しい香りと豊満なふくらみに包まれ、鼓膜を震わす甘やかな囁きは…。
「…貴女、今回のことでだいぶお株が上がったのだけれど、こちらはどう終わらせるおつもり?」
「――――あぁッ!!!」
怒 り に 任 せ て や り す ぎ た ! !
「どどどどうしましょうパルフェ様」
「……流れに任せるほか、ないのではなくって?」
「ええええええ!あぁあぁ、せめてちょっとの間このままでいさせてくださいぃぃ」
「あちらのご友人方の胸もお借りなさいね?先ほどからずぅっと視線が痛いのよ?」
べりっと音が鳴りそうな勢いで引っぺがされたマドレーヌは半泣きのまま、バトンタッチとばかりにモニカに引き取られる。
「モニカ様ぁ」
「ミラベル様ぁ」
「コモリ様ぁ」
「ブリガ様がお優しい〜」
仲の良い女学院生に代わる代わる抱きしめられるやら撫でられるやら、大いに愛でられる。一方、マドレーヌを慰めようと待機していた男子共は手持ち無沙汰で女子の友情を眺めては顔を見合わせ、“これもこれでいいかな”と頷き合った。
「まぁねえ。“たぶらかして”というのだけは、存外、間違いじゃあないのよねえ」
扉の向こう。微かに揺れる金色の髪も見咎めながら、パルフェは溜息とともに呟いた。




