ダルドワーズ27歳、晩秋。~目撃!乙女の特訓?〜
とかく貴族ってのは決まり事が多い。
例えば、身なり。
伝統的な家では昼と夜に着替えをし、夕食は毎日正装で摂るそうだ。社交の場では、昼は露出や装飾を抑えて、夜は肌を晒して宝石をふんだんに身につけて艶やかに、というドレスコードがある。
例えば、使用人の数。
“家の品格を保つため”という理由から、爵位に応じて最低限雇用すべき使用人の数が決められている。数少ない例外はあるが、男爵家で5人、子爵家に上がれば10人、伯爵家になると20人、と段々負担が増える。雇用も貴族の義務のうちなんだそうだ。
例えば、言葉遣い。
公的な場では“ 俺”ではなく“私”。下位の者には威厳とやらを示すため偉そうに。喩え自分が間違っていたとしても頭なんて絶対に下げちゃいけないらしい。
「コメルシー卿、馬をお連れしました」
「ご苦労。明日も頼む」
田舎生まれの悪餓鬼だった俺が何の因果か貴族の仲間入りをし。慣れないながら王都でも何とかやって来られたのは、俺が男だからだ。同じ貴族でも女の方が制約が多いし決まり事も多い。田舎出身の義妹は果たして、貴族なんぞの世界でうまくやっていけるのか。案じられてならない。
「ダル義兄さま、おかえりなさいまし」
残業を終えて帰宅した頃には両親は居らず、使用人を従えた義妹が淑やかに出迎えてくれた。この礼もだいぶ板についてきたなと思った瞬間「あぁ」と宙を仰いでふらりとよろけ、、、スパーーーン!と爽快な音を立てて床に倒れ込んだ。
ドサ、じゃない。スパーン、だ。首を前方に向けて顎を引き、倒れ込む瞬間に掌を広げて床を叩くことで衝撃を殺している。うんうん、見事。
「受け身の訓練か?」
「いえ。お嬢様は“淑女らしくお倒れになる”お振る舞いをなさっておいでです」
「淑女らしく…?たおれる…?」
突然のキレ技披露の意味を従者に尋ねれば、とびきり斜め上方向に振り切った答えが返ってきた。
「ね?どうだった??」
熟練の格闘家もかくやの受け身を披露した義妹はすっくと立ち上がり、仔犬のように駆け寄ってくる。目をキラキラ輝かせて今にもぴょんぴょん跳ねそうだ。今日も元気そうで何より。
「ただいま。そうだな、可愛かった」
「もう!そうじゃなくって」
頬を膨らませて抗議するけれど、俺の胸までしかない背丈で迫力がでる筈もなく。思わず頭をぽんぽん撫でると余計に膨れた。
「そんな無理して倒れることもないだろう?」
そもそもコメルシー家の王都邸には使用人が12人もいるのだ。侍女でも料理人でも、誰か1人くらい主人の娘の奇行を止めて欲しかった。非難がましく各人を見遣れば、皆一様にマディを微笑ましげに見守ってやがる。駄目だコイツら。
「だって刺繍サロンは皆さまとってもお優しいけど、これからは殺伐としたりドロドロの愛憎劇が繰り広げられてるサロンにも出くわすかもしれないでしょう?何かあった時、倒れた振りをすれば逃げられるかなって」
さすがお嬢様。危機管理がすごい。使用人は口々に褒めそやすが、本人は期待に満ちた表情をしているのが見えていないのだろうか。だいたい青髪の従者よ、お前は俺の幼馴染の筈だ。いつの間にそっち側に行ったんだ?
いや、そんなことより、もっと気になる事が一つ。
「…もしかして“淑女らしい悲鳴のあげ方”なんてのも?」
「してる。寝る前に」
約ひと月の間、ほぼ毎夜のように起きるミステリーがあっさり解決した。強風か?どこの野良猫の威嚇か?と思っていたとは言い出しづらい。
「あー、マディ。思うに…」
本人は至って大真面目だが、それらの特訓が実を結ぶとは考え難い。なにしろ普段は知恵でもって危機を回避し、有事の際には頭より先に体が動くタイプの人間だ。悲鳴は警笛、失神は戦略的撤退、と考える程度には図太…肝が座っているのだから、”か弱さ“に通じる要素は義妹の中に多分ない。きっとない。
けれど、起き上がる時のしたり顔や褒めてと言わんばかりの表情は本当に可愛いのだ。戯れついて来るのも含めて、やっぱり仔犬みたいで可愛い。それを思えば強くは言えない。だから、今ここに居ない2人に心の中で謝っておく。
「マーサさんとか、母さんには、不評かもな?」
「そうかなぁ?いつも淑女らしくって言われてるよ?」
「それはマナーや言葉遣いや知識の点だろう?あの2人はマディにらしくないことは極力させたがらないから」
「それは…そうね」
この屋敷の中でマディをちゃんと厳しく教育できる稀有な人物を引き合いに出せば、得心がいったかすぐに納得する。良かった。これで奇行も収まるだろう。
「じゃあ着替えて来るから。そうしたら茶でも飲もうか」
ひと仕事終えた充足感と疲労感を抱え、俺はゆっくり自室に向かった。




