マドレーヌ13歳、晩秋。~浮かれ気分の休前日~
「聞いたよ。相談役の就任おめでとう」
恒例の放課後ティータイム。風が出て肌寒い今日はテラスではなく窓際の席で、チーズテリーヌをお供に。
口溶け滑らかで濃厚なチーズとほろ苦いコーヒーがよく合う。いつもながらポルックスのスイーツセレクトは見事だ。
「ポルックス様、なんだかお疲れですね」
「このところ少し仕事が忙しくて。カフェでの息抜きがせめてもの癒しだよ」
ポルックスは王立学院で寮生活を送る王子の護衛の任に就いている。このところ王子を取り巻く環境、つまりは高位貴族の子息らに異変が起きており、その調査に奔走していた。本来であればマドレーヌも監視対象なのだが、子息らのご乱行を厭というほど見た後では特に、一服の清涼剤ですらある。
「そっか。学院生が浮かれ気分になると警固の皆様のお仕事が増えちゃいますよね。なんだか申し訳ないです」
「ううん。この時期になると毎年なんだ。ほら、間もなく冬の長期休暇に入るでしょう?」
来月末は、前世でのお正月にあたる冬至祭だ。ほとんどの王国民が一つ年を重ねる冬至祭を家族や領民と過ごすため、あと半月もすれば学院は冬期休暇に入る。
「あ!来月から大きな市が開かれるって聞きました。王国全土から色んなお店が出るって」
「そうそう。冬至祭の市でしか食べられないものもあってね。懐かしいなぁ」
*****
「ねーえジョン?」
帰宅するなり居間に呼び出されたジョンは母親の姿を見て総毛立った。有無を言わせぬ笑顔に、手には先日マドレーヌから渡された石材運搬の試算書。
「あれから彼女とは進展があるのでしょう?」
「…イイエ。ナイデス」
「あらぁ?悠長に構えて。随分と余裕ねえ」
にこにこ笑いながら手にした書類をぴらぴら揺らす。
相談役に任命されたことでマドレーヌの価値は学院内に広く知れ渡ってしまった。“石の領地”の異名をもつサヌカイト家とウォルト家をほんの10分足らずで繋いだように、深く広い知識と話を聞き出す巧みな手腕は、どの家でも望まれるものだ。
「でも!来月の休みの日には冬至祭の市に行く約束を」
「2人きりで、じゃあないわよね?」
「ハイ…」
俯く頭に大きな溜息が降り注ぐ。
「お茶会にお誘いしてみるわ。いいこと?そこでしっかり好印象を持っていただくのよ」
*****
「ぅわ!またこの匂いか!」
食堂室に滞留する残り香にジョニーは顔を顰め、手をパタパタと扇のように振る。
寮生活で自由のない高位貴族の子女の中には、家門に属する下位の人間に秘密の恋人との文通の仲立ちを命じる者がいる。特に下宿生は親の目の届かないのを良いことに便利に使われることが多い。
今回もその類いのようで、強い香水付きの手紙がしばしば、同じ人物から別々の宛名で何通も届けられている。それを下宿内では大いに笑い話にし、学院の図書館や学院街などで宛名の主に素知らぬ顔をして届け、或いは返事を預かって、帰宅するのがお決まりだ。
「噂だけど、男をその気にさせる香水なんだってさ。ジョニーもつけてみればどうだ?」
「なんでだよ。だいたい…、俺は、洗い立てのタオルみたいな匂いが好きだし」
あの時、ふわりと鼻腔をくすぐった清々しい香りのような。
アクシデントとはいえ、マドレーヌを抱き止めた時の感覚は今もまだ鮮明に残っていた。長い睫毛が縁取る大きな瞳。ふっくらした唇。陶器のように滑らかな肌。柔らかくしなやかな体。支えた腕にほんの少しだけ当たった…。
不意に思い出せばあらぬところに血が滾り、眠れぬ夜を過ごす羽目になるのは嫌というほど経験済みだ。こんな時にすべきは一つ。
「あー、少し走ってくる!」
帰ってきたばかりだというのに慌てて出かけるジョニーに同居人はひらひら手を振って見送り、顔を見合わせる。
「効果あるんだな」
「あるみたいだな」




