マドレーヌ13歳、秋。~命の危機を回避したい〜
ナウル・デライト伯爵。
デライト侯爵家の嫡男で、外国に嫁がれた第一王女と同じ歳の御年25歳。明晰な頭脳と並外れた知識で王国における政策全般の調整役を務めている。年齢も家柄も釣り合うことから王女の降嫁も囁かれていた。5歳年下の同母弟と10歳下の異母弟―今回の問題を起こした張本人―がいる。20歳で大臣の娘と結婚し現在は一男一女の父親。
以上、モニカからの受け売り情報おわり。
侯爵家と言えば、王家と初代王の血を引く公爵家の次。実質、貴族のトップだ。男爵家を潰すことなど造作もない。そうだ、さっきナウル本人も言っていた。
――噂の元から根絶しないと
――噂の元から根絶しないと
――噂の元から根絶しないと
その言葉がリフレインする。
父さん、母さん、妹弟たち、先立つ不幸をお許しください。お養父様、お養母様、短い間ですがお世話になりました。なんとかわたしの命をもって、お家に累が及ぶことのないように――。
「コメルシー嬢、愚弟が本当にすまないことをした」
「ひへっ?」
木目を活かしたセンスの良い調度品が並ぶ学院長室で、今は伯爵、将来は侯爵家を継ぐ男が深々と頭を下げた。サラサラな薄茶色の頭を見ながらマドレーヌの口から妙な声が漏れる。高貴な人が遙か下の小娘に頭を下げるなどあってはならない。もしかして罠か。これで不敬とか侮辱罪に問うのか。
「あ、あああの、どうか頭を上げてください!子供同士の些細な揉め事です。怪我もありませんし、わたしも気にしていませんから」
「君が厳罰を望んでいないのは伺っている。だからせめて、兄として弟の不始末を詫びさせて欲しい」
暴力事件を起こした弟をこのまま王立学院に置いておくわけにはいかない。領地にいる父に代わって退学の手続きをするために訪問したところ、被害者の意向を汲んでほしいと言われ。学院内にいるというので探していたら、あの騒動に居合わせた。人混みに隠れてやり過ごす心積もりだったが、マドレーヌがあの少年に呼びかけたことで隣にいたナウルにも視線が集まり、付き合いのある伝統貴族家の子女ほぼ全員に気付かれてしまったのだとか。実に申し訳ない。
「わかりました。伯爵の謝罪を受け入れます。学院長、今回のことはこれで終わりに致しましょう?」
水を向けられた学院長は渋い顔をする。
「学院内で暴力事件を起こしたのだ。無罪放免というわけにはいかない」
「でしたら停学とか謹慎とか、ともかく退学だけは勘弁してあげてくれませんか?」
「身内の恥を晒すが、愚弟は君の配慮に未だ気づかないようなのだ。慈悲は有り難いけれど、貴族で居る必要のない人間だと思わないかい?」
――慈悲じゃなく、夜ぐっすり寝て朝すっきり起きたいだけです――
もし彼が退学になってしまえば、無職で、妻も子も友人もなく、社会的地位もない、いわゆる無敵の人になってしまう。そうなれば現段階で最も逆恨みのターゲットになり得るのが自分なのだ。不安で眠れない日々なんて真っ平ごめんだ。
とは、失礼が過ぎてさすがに言えない。そこでマドレーヌはナウルと学院長に向き直り、表情を引き締めた。菫色の瞳に宿る鋭い光は男達を一瞬たじろがせるほど強く、美しい。
「彼にいま一度だけ、間違える権利を与えてくださいませんか?」
「間違える権利、と?」
「わたし達はまだ子供です。知識や経験、感情のコントロール方法の不足から誤ちを犯すこともあるでしょう。でも、赤ん坊はたくさん転んで歩き方を学ぶのです。失敗しないことよりも、失敗を糧として人品を磨くほうが学院生活がより有意義なものになるはずです」
貴族の一員となって初めて知ったが、貴族というのは権利の分だけ義務も多い。幼少期からマナーを叩き込まれて大きくなれば勉強に次ぐ勉強の日々。学院生になったら後継は家を継ぐ準備をし、次男次女以下は剣技を磨いたり勉学に励んだりと婚活や就活に余念がない。
社交界にデビューしたら成人扱いで責任を負う立場となるのだ、せめて子供でいられるうちに友達100人作って、失敗や挫折を味わって、笑い話になったら良いな。モラトリアム万歳!を持ち得る限りの知識と語彙力で貴族令嬢っぽく言ってみる。あとはハッタリ上等、気合いで勝負!
「なるほど、コメルシー君の思いはよくわかった。伯爵、今回、学院からの処分はひと月の停学とします。その間、彼には己と充分に向き合っていただきたい」
「お二人の寛大な処置に感謝いたします」
「ありがとうございます!学院長!」
「いいや。それにしてもコメルシー君は若いながら素晴らしい。わしがもう50歳は若かったらきっと求婚していただろう」
――オッチャンそれセクハラやで。――
マドレーヌは笑顔の下で、ハリセンを振り翳して学院長の頭をどつき回す想像をして溜飲を下げた。




