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ブリガ・デイロ 14歳、晩秋。~ツンデレは健在~

服飾作品提示会(ファッション・ショー)なんて…わたくしに、ひとりぼっちで出ろというの…?」


 使用人をすべて下がらせ、漸く一人になったブリガは震える声で呟いた。化粧をすっかり落とした素顔は目も唇も小さくて。リスのようにこじんまりとした顔には学院でみせる傲慢さは欠片もない。


 貧しい家に生まれ一代で財を成したデイロ氏は、一人娘に必要だと思うものなら金銭も手間も惜しまず、全て与えた。


 人気の菓子も。

 美しいドレスも。

 大きくて珍しい宝石も。

 おべっかの上手い使用人も。

 決してブリガを裏切らない友人も。


 ブリガが求める前にすっかり用意されていて、気分次第で要るか要らないかを決めるだけでよかった。だから、自ら求めることはなかったし、その必要もなかった。



「お前には貴族の血が流れているのだ。気高く生きればいい」



 とっくに潰れた貴族家の血を引くという若く色っぽい妻(トロフィーワイフ)と愛娘のブリガに、デイロ氏はそう言って事あるごとに高価な贈り物をする。妻はいつも貴婦人らしからぬ甘えた子供のような口を利き、夫の方もむしろそうされるのを喜んでいるようだった。そうして娘のわがままを叶えてやるのが親の甲斐性とも言い、力の及ぶ限り、なんでも許した。


 それがデイロ家の普通だった。


 だから今回も、着飾るのが好きな娘にいっとう輝く場を与えてやりたいがために、学院に寄付金を積んだのだろう。

 けれど、文化祭は学院生が主体となるイベントだ。服飾作品も学院生が手掛けるもので、彼ら彼女らは理想の相手を思い描いて渾身の一着を作るはず。その誰かが自分ではないことくらい、ブリガもわかっている。それを招いたのも自分であることもまた同時に。


 *****


 成長とともにドレスを新調するように、王立学院の入学を期に今までの()()は居なくなり、新しい友人が用意された。


 貴族令嬢であるトルシーダは、傾いた家のため。

 上昇志向の強いパソッカは、自分の将来のため。


 ブリガを決して蔑ろにしない友人だ、と父は太鼓判を押す。つまりはデイロ家の後ろ盾が目当てで従うのだと。

 それでも友人の作り方など知らないブリガは常に2人を側に置き、父が望む“気高さ“を演じた。その結果が学院で知らぬ者はいないというほどの悪評だ。だから、学院は決して居心地の良いものではなかった。


 瞼を閉じれば浮かんでくる。

 あれは、今にも雨が降り出しそうな、どんより曇った秋の日。


 教室から自身の名が聞こえた時は「またか」としか思わず、それでも僅かに残っている羞恥心から2人にどうでもいい雑用を言い渡して場を離れさせる。

 けれど、ああ、あのとき。窓の外。曇天を割って空から一筋の陽光が差した。


『わたしはあの方、そんなに悪い人じゃないと思うの』


 その声は、貴族だというのに田舎者丸出しの拙いマナーが気に障り、少しばかりお灸を据えてやろうとして、逆に遣り込められた相手だった。


『お鼻が低いとか足が大きいとか、ご自身の努力では直せないところは決して(あげつら)ったりしませんでしょう?』


 どういうわけか、怨まれているか蔑まれているかして当然な彼女(マドレーヌ)だけが、ブリガ自身ですら知らない事実を、掛け値なしに評価してくれていた。そしてブリガは“つんでれ”なのだとも言う。“つんでれ”の意味は聞き取れなかったが、周囲の女学院生達が顔を見合わせてクスッと笑う姿に厭味はなかった。


『たしかに言い方はキツいけれど、言ってる内容は間違いじゃないのよね』


『そうね。むしろ後ろの2人の方が苦手かも』


 彼女のたった一言で、風向きがぐるりと大きく変わった。ただデイロ家の金に従っているだけで、友人でもない、“あの2人は悪くない”。心は叫ぶが喉が詰まる。誰かを求めたり庇ったりするための言葉を、ブリガはただの一つも知らなかった。その現実にサアっと血の気が引いていく。


『きっと誰もがみんな、少しずつ不器用なのですね。

 うちのお養父(とう)様もね、お養母(かあ)様をデートに誘いたいのにずうっと誘えなくって。それが不機嫌そうに見えたらしくてお屋敷じゅうを巻き込んだ騒動になったことがあったのよ!』


 小さく渦巻く悪感情を即座に収めたのもまたマドレーヌだった。

 周囲を窘めるような落ち着いたトーンから一転、淑女らしからぬ元気いっぱいな明るい声。それはまるで夏の太陽のように、何気ない悪意で湿った空気をカラリと晴らしてみせる。


『ええっ?それで?どうなったの?』


『ほんとうは秘密なのだけど、実はね…』


『まあ!コメルシー男爵ってロマンチストなのね!』

『素敵!コメルシー様のご両親はとっても仲が良いのね!』


 マドレーヌの耳打ちに、恋に恋する年頃の少女たちは、うっとりと頬に手を当ててきゃあきゃあ甲高い声を上げる。さっきまでの、誰かを悪役に仕立てる会話など、まるで最初からなかったかのように。


『お養母様も実は不機嫌じゃないのを最初から解っていたのですって。いつも態度で示してくれるけれど、たまには言葉でも伝えて欲しくて、いじわるしちゃったって』


 *****


 ゆっくり瞼を開ければ、鏡の中にはいつもの素朴な顔が清々しく笑っている。


「ことばでつたえる…」


 なぞるように声に出してみると、ほんの少しくすぐったくて恥ずかしい。けれど、泣き出しそうな秋の日の、冷たい手で胸を鷲掴みにされたような衝撃よりはずっと良い。


「あの田舎娘にもできるのだもの。わたくしはブリガ・デイロよ。できない筈がないじゃないの」



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