ポルミエ・コメルシー57歳、晩秋。~子育てはやっぱり難しい~
「そちらがお嬢様のおねだり品ですか」
「耐火レンガ用の土を使った、熱に強い壺だ」
ポルミエ・コメルシー男爵は家令のウーブリーに1枚のイラストを手渡した。真ん中には美しい絵柄が施された円筒形の厚手の壺の絵。その右下には縦に半分に切った断面のイラストもあり、壺の中には木灰を敷き詰めた上に熾した炭が並べてあるのが一目でわかる。
「持ち運びできる室内用の暖房で、“ヒバチ“というのだそうだ。鉄の置き台を拵えれば簡易の調理器具にもなると」
「王都近郊の陶工をリストアップしておきましょう」
さる没落した伝統貴族家から引き抜いた優秀な家令は商機を見たか、さっそく実用化に向けて試算を始めた。
「原料の土は同期生の領地で採れるらしい。商品化の見込みのあるものだと、お前の方からも伝えてくれるか」
マドレーヌには貴族令嬢として恥をかかずに済むよう、自由裁量で使える予算を割いてある。それは、上位貴族の子女のような贅沢は無理でも、服だの菓子だの観劇だの、年頃の娘に都会の楽しみを味わせるための資金だ。だというのに、才知に長けた娘は、兵糧食や用具の開発にばかり費用を割こうとする。それを却下して別枠の予算から出すことを承諾させるのも家長の務めなのだが、これがなかなか一筋縄ではいかない。
「承りました。忌憚なく意見を言わせて頂きましても、木炭と共に上流階級者向け商品として開発する価値は十二分にございます。お嬢様の慧眼はさすがです」
そもそも。
どこで知ったか、木を焼いて炭にする、とマドレーヌが言い出したのはまだ年端も行かぬ頃。彼女を溺愛する実父と共に製法を確立させ、塊肉や芋を焼いたり暖を取ったりして無邪気に喜んでいた。その後、興味を持った村人によってより良い炭造りの研究が行われ、殆ど煙を出さずに安定した火力を長時間維持できる木炭は遠征に最適だと第三部隊の軍用品に採用。その後、細々とだが美術界にも広まっていった。
現在は村に移住した退役軍人が炭焼きに当たっており、生産量が増えたことで販路の拡大も視野に入れたところではある。
「間に合えば冬至祭にケルノンの母親へ贈りたいようだ」
「ケルノンの…。確か、寡婦でしたか」
「昔から肺が弱くてな。煙を嫌う」
「なるほど。それで、お嬢様は」
「ああ」
住人皆が家族のような小さな村で、マドレーヌは周りから愛されて随分お人好しに育った。その非凡な才と心優しい性格が他者に悪用されないよう、これまた周囲が一丸となって守るものだから、本人は善良さを遺憾なく発揮して多彩なアイデアを次から次に生み出している。中には軍事利用できるものもあり、一歩間違えば権力者に目をつけられかねない。そこで新しいアイデアを思いついたらまずは家族やコメルシー家に相談するよう、とくと言い聞かせて今に至る。
「畏まりました。お嬢様の想いにお応えできますよう、早急に手配致します」
木炭は薪よりも高価だが、少量で済めば日常的に使えると考えた末に”ヒバチ“の仕組みを思いついたのだろう。それもたかが使用人の家族のために。そう思い至れば家令の心も密かな使命感に燃える。
「ウーブリー」
重々しい声と共に、コメルシー男爵はさらに真剣な顔で家令に向き直った。その唯ならぬ雰囲気にウーブリーも表情をさらに引き締め、次なる言葉を待つ。今の主人がこうした空気を纏う時、難題が待っていることをよく知っていた。そして、智謀を巡らせてそれを解決する達成感もまた同様に。
「年若い娘に、流行りものに目を向けさせる方法は無いものか?」
「お力になれず誠に申し訳ございません」
「そうか…」
有能な家令が即座に降参の意を示すと、コメルシー男爵はゆっくり天を仰いだ。




