マドレーヌ13歳、晩秋。~女子会フラグ~
――〈相談役〉、ねぇ…。
食堂の片隅で行った相談会が予想外の反響を呼び、参加できなかった学院生達から問い合わせが殺到。そこで、公平を期すために急きょ設置せざるを得なくなったというのが学院側の主張だ。週に一度、帰りの馬車の時間まで教務課に居て話を聞くだけ。手に負えない内容であれば職員も同席して解決に当たってくれるというので承諾した。
「ありがとうございます。これで道が見えそうです」
「お役に立てて何よりでした。良い文化祭にしましょうね」
本人に断りなく任命することの是非は後々しっかり問うとして、多くの学院生と顔馴染みになっておくのはデライト伯爵からの仕事にも役に立つ。こちらは給金が発生するので期限いっぱい務めたい。
「わたくしの相談にも乗っていただけて?」
風渡る林にも似たざわめきを連れて現れたのは、美貌の令嬢。以前、悪目立ちするマドレーヌを案じてサロンで知己を得るよう勧めてくれたパルフェだ。今日も今日とて慎ましやかな服と薄化粧なのに色気が匂い立つ、羨まけしからんご令嬢でもある。
「わたしに出来るのは他愛のないおしゃべりだけですけれど、それでよければ」
テーブルの角を挟むように座って話を聞き出す。法務官の支援で通っているパルフェだ。相談はやはり文化祭にどう関われば良いかというもので、法の知識を活かして運営に携わってはどうか、と無難に答えた。
「コメルシーさんは、女性が法務官を目指すこと、どう思っていて?」
「??、なりたいから目指すのでしょう?」
ひと息ついたところで投げかけられた質問に、意図が読みきれず素のまま返してしまった。法務官とは前世でいう裁判官と軍の法務担当者を引っくるめたもので、どちらも法務省に所属する文官だ。
「法務官を、どう思っていらっしゃる?」
「利害の関係なしに、指示命令系統にも縛られることなく、法律をただ一つの拠り所として、公正妥当な解決に導く素晴らしいご職業です」
やはり意図が掴み難い質問に、注意深く、言葉を選びながら答えていく。けれどもどうも読み違えたようで、パルフェはいつも眠そうにしている目をまあるく見開いた。そこには年相応のあどけなさが感じられ、そのアンバランスがさらなる妖艶さを生み出す。それは同性でもときめくほどで、なんともけしからん。余った色気を少しぐらい分けてくれ。
「女の、就くべき職ではないと、お感じにはならない?」
問いかける声が、小さく震えていた。
法務官は文官トップクラスの狭き門。やっかみか、はたまた独りよがりの親切心か、きっと誰かに心無いことを言われたのだろう。言われ続けてきたのだろう。そして耐えきれなくなって、ここに来たのだ。これまでの答えは少なくとも外れていなかった。漸くパルフェの想いが見えた。
「いいえ?わたしはまったく思いません。パルフェ様は、どう思われますか?」
「わたくしは…。でも、殿方のように権威と威信をもって対峙するのは、きっと難しいわ」
悔しさや怒りを飲み込んでぎゅうと握ったパルフェの手を、マドレーヌはそっと両手で包んだ。その手はひんやり冷たく硬くて。いくら色気たっぷりでも、どれほどしっかりしていても、パルフェはまだ10代の少女なのだ。
「パルフェ様、こんな物語をご存じですか?北風と太陽が、どちらが道ゆく旅人の上着を脱がせられるかの勝負をするんです」
イソップ童話『北風と太陽』。
北風は思いっきり吹き付けて飛ばそうとするが、旅人は寒さを嫌い却って上着を押さえてしまう。今度は太陽の番だ。太陽は燦々と照り付けてみせた。そうすると旅人は暑くて自分から上着を脱いでしまった。
「法務官のお仕事は、多くの場合、人と人の争いを解決なさるのでしょう?論理的な分析力や決断力も、持たねばならない能力ではあります。けれど、北風のように強い態度で迫れば、どちらの人も頑なになって、解決が遅くなることや、新たな諍いの種になることもあります。太陽のように温かく接し、共感力や包容力を持ってこそ、解決できる事柄もあります。慈悲や人情味がなければ、人の心は動きにくいものですから」
意味不明な童話を聞かされて不思議そうに小首を傾げるパルフェに、ゆっくり語りかける。若いから、女だから、そんな理由で煮湯を飲まされた経験は数えきれない。すっかり忘れていたが、現世はもっとずっと女性の働く場が少ないのだった。パルフェもきっと、茨の道と知りつつも法務官を目指しているのだろう。考えれば考えるほど向っ腹が立ってきた。もちろん相手は見ず知らずの、パルフェに対してアレコレ言ってきたであろう連中だ。
「だいたい。威圧して事態を収める北風戦法ですけどね、それは声と体の大きい殿方の、過去の成功体験が何とな〜く引き継がれているだけだわ。パルフェ様はまったく新しい道を拓くのだから、北風を真似るのではなく太陽を目指したっていいはずです。権威を示すだけなら厳格な儀礼で充分!
文句を言う人もきっと居ますけど、そんな人は若造と女性が何をしたって気に入らないし侮るのだもの。でも侮るというのは隙があるということでしょう?そこにきっと勝機があるわ」
ふんすふんすと猪のように鼻息も荒く言い切ってしまった。美女の手を握って熱く語る、側から見なくともなかなかにヤバい人間だ。唯一の救いは、自身が見た目だけは同じ年頃の同性であることか。
「ですから、あの〜、ですね」
思いの丈を存分に伝えたことで冷静になり、さて、どうすべきか途方にくれる。握った手を離すタイミングもまったく掴めないどころか、パルフェに握り返されている。目も潤んで頬も薄ら赤く、しまった興奮のあまり強く握りすぎたと後悔するがもう遅い。
「わかるわコメルシーさん!」
「職業婦人あるあるよね!」
「何をしたって気に入らないの下り、同感すぎて言葉も出ないわ」
「わたし達で良かったらいつでも相談に乗るわよ」
いつの間にか教務課の女性職員が大集合。その背後では罰が悪そうに仕事をする男性陣に混じって、コソコソ囁きうんうん頷きあうベテラン職員達。なんたるカオス。けれどこの流れに乗らない手はない。
「もし叶うのなら、皆様から職業婦人のお心得をうかがえる機会があれば素敵ですね!就職に、将来に、不安を抱えている女学院生はきっとたくさんいるはずですから」
「まあ!それはいいわね!」
「さっそく学院長に掛け合いましょう」
「提案書を書くわ!いつも押し付けられてコツは熟知してるの。任せて」
「じゃあわたしは予算書を上げるわね。計算だけは取り柄なので慣れているの」
きゃあきゃあ楽しそうにしながら、サラリとチクリと内情を暴露して去っていく。さすがは王立学院の職員だ、なかなかやりおる。
「パルフェ様とおしゃべりできて楽しかったです」
呆気に取られている間に自然なふうに手を離し、にっこり笑いかけてみる。諸々の事態に思考が追いつかないのか、今のパルフェは初めて会った時よりも幼い印象で、年相応の少女だ。このまま教務課から出したら悪い大人の餌食になってしまう、そんな危うさもあった。
「…わたくしも。とても楽しかったわ、コメルシーさん。また、おしゃべりしたいわ」
ややあって、パルフェがいつもの妖艶な美貌を纏う。
「ええ、きっと。その前に職業婦人の集いが開催されそうですけれど」
「違いないわねぇ」
鬼気迫る勢いで書類を書き上げる女性職員を横目に見て、2人の少女は屈託なく笑った。




