マドレーヌ13歳、晩秋。~古典への誘い~
「ご機嫌ようコメルシー様」
「ご機嫌ようマドレーヌ様」
明るく社交的なミラベルと親しくなったことで、年上の女学院生にも友人知人がぐっと増えた。いつぞやスュトラッチ先生の盾にしたコモリもそうだ。彼女は観劇が趣味らしく、流行の演目から俳優、脚本家、劇中曲まで、知らないことはないと言われるほど造詣が深い。
だから普段は演劇の話であっという間に休憩時間が過ぎるのだが、今日は違った。
「お髪と一緒に編み込んでいらっしゃるの、すてきな組紐ですことね」
「わたしも気になってた。手作り?」
3人の色を組み合わせた組紐は侍女の手によって左側に流した髪の中に編み込まれている。マドレーヌ本人はポニーテールの根元にぐるぐる巻きつける程度を想定していたがそれでは目立たないと却下された。
「わたしが作った組紐で。モニカ様とジョン様と3人のおそろいなんです」
「素敵!いいねそれ!」
「まあ、そうなのですか。わたくしてっきり『哀れな雪姫』の一節かとばかり。美しい姫君が継母の嫉妬ゆえに森に追われ、それでも飽き足らず3度も命を狙われる物語でしてね?最初の凶器が組紐ですのよ」
どこかで聞いたことのある物語だ。姫、森、雪、組紐。
「もしかして、小人とか毒りんごが出て来ます?」
「そうそうそうそう!古典の名作物語なのですわ!ああ、やっぱりコメルシー様はご存じでいらっしゃるのね!」
古典の名作、確かにそうだ。前世では国民の9割は知っているだろう有名な童話である。ただしタイトルは「白雪姫」だが。
「あれ?継母じゃなくて実母じゃなかったでしたっけ?」
「まあまあまあ!原典の方もご存じですの?!コメルシー様、一度わたくしの参加する古典文学サロンにいらして?古典の中には大作オペラの基となった物語もありますのよ。もし観劇に行かれるなら知って置いて損はないと思いますの」
がっしと力強く手を握り締められ勢いよく捲し立てられ、マドレーヌは頷くよりほかなかった。
*****
「それは災難でしたわね」
コモリからの熱いラブコールからなかなか抜け出せず、結局マドレーヌは2時限目の始まりを告げる鐘が鳴り終わるぎりぎりに教室へ滑り込む羽目になった。授業後、事情を聞いて忍び笑いを滲ませるモニカの胸元には存在を主張する組紐ブローチ。
「間に合って何よりでした。ああ、髪が乱れていますよ」
「あ。ありがとうございます」
組紐を巻いたジョンの右手がマドレーヌの頭を優しく撫でていく。走ったのはたいした距離ではなかったが、精神的に疲れた心がすっと落ち着いていく。
「おそろいの。身につけていただいて嬉しいです」
締まりのない顔になっているのはわかっているけれど嬉しさは隠しきれない。しっかり友情が育めたことで、なんとなくだが王都に繋がりが出来た気がしたのだ。
「もちろんですわ。わたくし、お揃いだなんてとても嬉しくって」
「私達の親愛の証ですから」
「えへへ。お二人とも大好きです」
仔犬みたいに無邪気でまっすぐな瞳に射抜かれ、モニカは石化し、さすがのジョンも予想外の精神攻撃に動きが急停止した。
ふぅ、と1つ呼吸を整えてジョンは口を開く。
「あの、マドレーヌ様」
「はい?」
「俺らは友達だから良いですけど、余所でそんなこと言っちゃあダメですよ?変なヤツに絡まれちゃう原因になりますからね!俺との約束ですよいいですか?」
「ハイ!わかりました!ジョン様とのお約束です!」
――見てわかるコレ逆らったらダメなやつやん――
目が据わったジョンの強い言葉に本能的な危機感を抱いたマドレーヌはコクコクと頷き、スッと右の小指を差し出した。
「これは?」
「あっ、えと、故郷のおまじないで。約束を絶対に守る誓いの印です」
ジョンの小指に己の小指を強引に絡ませ、口ずさむと珍奇な歌のリズムに合わせて上下に揺らす。
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本の〜ます♪ ゆびきった!はい、これで約束は絶対に守りますね」
「ああもう、これも、あぁ…」
ジョンは今度こそ顔を掌で覆い、盛大な溜息を吐いた。




