マドレーヌ13歳、晩秋。~新しい朝の訪れ~
「お養父様、お養母様、行ってきます」
「俺はマディを馬車乗り場まで送ってそのまま出勤すっから」
「うむ」
「気をつけてね二人とも」
ダルドワーズの遠征休暇も終わり、今日からは乗合馬車での通学だ。しばらく王都詰めになったらしく、苦手な書類仕事が始まるとボヤく義兄と一緒に家を出る。
「辞令受け取りに行ったらさ」
家が小さくなった頃、ダルドワーズは愉快そうな声をあげた。誰もいない馬上はそもそも内緒話にうってつけだし、横座りをしているから声をひそめても聞こえる。きっと家では話せないことなのだろう。
「すげー変態が捕まったって笑い話が広まっててな?なんでも、お互いの体を縄で縛って外でイチャついてたんだと。男同士で」
「それって……あの安息日の?」
ルリジューズを誘拐しようとしていた男たちをダルドワーズが亀甲縛りの刑に処した、あの光景が鮮明に蘇る。
「そう。一晩だけ留置の予定が、3人とも牢に入れてくれ王都から追放してくれって騒いで余罪もみーんな吐いて。今は捜査中だってさ」
「うっわぁ…」
未だかつてない恥辱に満ちた公開処刑を受けて自暴自棄になったようだ。貴人の誘拐は未遂であっても大罪と聞くが、死んだほうがマシと思ったのか?まさかな。おそらくアレは行き擦りの犯行未遂だったのだろう。
「人を縛るのにも使うって聞いた時は驚いたが、まさかこんな効果があるなんてな。先輩の話は聞いとくもんだ」
「…その先輩って、わたしの知ってる人?」
確定ではないけれど、その先輩には些か専門的な癖があるのではないだろうか。そうとなれば、仲の良い知人であっても少しばかり見る目が変わりそうだ。
「第二部隊だから面識はないと思うぞ?」
「第二部隊って?」
「武器とか装備品なんかの開発部門だ。最近は他国に先駆けて人道的な捕縛術や尋問法なんかも研究してるらしくてな。この前は痛くない鞭が完成したとかで、合間に試してくれってさ」
「まさか人に!?」
「馬用だけど?なんで人??」
「ナンデモナイデス」
馬の人権?に配慮した鞭だった。うっかり前世の知識から妙なことを口走ってしまったが、これでは自分と例の先輩と、どっちが変態かわからない。
「あ!馬車が来ちゃう!乗り場までお願いイーヨー」
身を乗り出して耳元で伝えれば、任せろとばかりに鼻息ひとつ、イーヨーは足取りも軽やかに走り出す。話し込んでいる2人を気遣ってゆっくり歩いてくれていたらしい。
「ありがとね!ダルにぃもイーヨーも気をつけて!行ってきまーす」
義兄の手を借りて馬から降りて忙しなく馬車に乗り込む義妹に手を振り返し、ダルドワーズもまた職場へ急ぐ。
「そういやマディは鞭要らずだったな。なあ。昔っから思ってたんだけど、お前ら人間の言葉がわかるのか?」
先ほどと一転、やる気なくパッカパッカ歩く愛馬に話しかけるが、耳をピコピコ動かすばかりで返事はない。
「わかるわけないか。…そういや今日は初日だから仕事が早く終わればマディの迎えに間に合うんだったか。まあ、早く着けばだが」
大きめの独り言を呟いた途端にスピードが上がる。上がる。上がる。怠け癖があるイーヨーの滅多にない全速力だ。舌を噛みそうな速度に振り落とされないよう手綱に掴まる。ヒヒヒっと笑い声がしたのは気のせいではない。
「この性悪駄馬ァッ!!」
――コイツ絶対わかってやがる。
ダルドワーズが長年抱いていた疑念は今この時を持って確信に変わった。




