モニカ13歳、晩秋。~2人の秘密協定~
―世界がこれほど美しいとは思わなかった。
―世界がこれほど幸福に満ちたものだとは思わなかった。
―世界がこれほど…
「ねえジョン?わたくし今ちゃんと生きてる?」
「47回目だけど。ちゃんと生きてますしちゃんと現実です」
にやにや。にまにま。うっとり。上品なものから人前に出せないレベルまで、笑い顔だけの百面相を繰り広げるモニカにジョンは呆れ声で答える。
休み明け。組紐をブローチに加工して胸元につけたモニカは王立学院に向かう馬車に乗るなりだらしなく扉に凭れ掛かり、譫言のように同じ言葉を繰り返す。その姿は決して他所様に見せられない。
「はぁ、、愛おしくてつらいわ」
いつもより着飾った姿。
頬を朱に染めてはにかむ姿。
手作りの!お揃いの!贈り物。
不安そうにこちらを見つめる上目遣い。
目を閉じれば総てが鮮やかに思い出される。
「今すぐ死んでも良いくらい幸せだけれど今日マドレーヌ様とお揃いの組紐を着けて喜んでいただくお顔も見たいから死ねないしもしわたくしが死ねばマドレーヌ様が悲しまれるでしょうからやっぱり死ねない」
「句読点つけて?息継ぎして?」
「マドレーヌ様の嫋やかな指に触れられて厭らしく笑っていた男なんて歩くたびに足の小指をぶつけて苦しめばいいのに」
恍惚の表情で滑らかに呪詛を吐くのも慣れたもの。
組紐を手首に巻くというジョンのアイデアは素晴らしいが、着替えの邪魔になるためご令嬢には真似出来ない。それを解っていながらジョンは、よりにもよってマドレーヌに結って貰い、優越感たっぷりに笑ったのだ。若干?事実とは異なるかも知れないけれど、モニカにはそう見えた。
「黄緑色も入ってて邪魔過ぎるけどこれでマドレーヌ様のお色を正式に纏えるのだしマドレーヌ様もわたくしの色を纏うと考えるとやっぱり黄緑色要らなすぎる」
「だから句読点。息継ぎ。はい、ヒッヒッフー」
「いつも一緒にいるってだけの理由で組紐に入れられたのを他の男への牽制に使おうなんて随分と調子いいじゃないの」
これまで必死で興味がないふりをしていた幼馴染にジロリと冷たい視線をくれてやる。
「バレたか…」
「いつも取り繕ってるのに『俺』なんて使っちゃって。どうせ、不意打ちのお顔と手ずから!お作りになった!贈り物に感情の限界超えたんでしょう?わたくしと同じで」
王立学院やお茶会は公の場ということで、モニカもジョンも外行きの仮面を被っている。自らの振る舞いで家名を穢したり家業に影響が出ることもあるからだ。
けれど、この休日のお茶会でのジョンはマドレーヌからの不意打ちの猛攻で仮面がすっかり外れたようで、だらしなくニヤけるし一人称も普段の「私」から「俺」になった。常々怪しいとは思っていたが、これで勘付くなという方が無理というもの。
「なあモニカ」
その声音はいつものジョンではなかった。面倒見の良い幼馴染でも紳士的な優等生とも違う、危険な響き。
「マドレーヌ様が恋をする表情、特等席で見たくはないか?」
想像する。
ほんのり色付いた頬。瞳に湛える深い思慕の情。恋焦がれる溜息すら美しいに違いない。
「相手が俺ならマドレーヌ様はモニカに相談するはずだ。学院でモニカ以上に俺のことを知っている人間はいないからな」
恋を知って戸惑う表情も、恋に悩む苦しげな表情も、恋が成就していっそう美しく花開く笑顔も、総てを隣で見れたなら。
「それに、相手が俺なら。結婚後もモニカとの交流を妨げない」
貴族女性は結婚後、同性の友人とも自由に交流できない。多くの場合は夫の意向が優先され、妻の友人と家に招いたり招かれたりという親しい交流が続くのは非常に稀だ。
モニカはごくりと唾を飲む。
「見返りは?」
「違う。これから共犯になろうって誘いだよ。2人で彼女の周囲から他の男を遠ざける。モニカはマドレーヌ様を独占できるし、俺はその隙に優位に立ちながらアプローチする」
「なるほどね。いいわ、組みましょう」
「オーケー、協定締結だ」
「でも相手は難敵よ?思うに、あの方は想像以上に自由で無邪気だわ」
「だからこそ俺はあの方の心が欲しい。そのためには何だってするさ」
その瞳は飢えた狼のようにギラついた欲望に塗れ、ジョンが少年から一人の男に成長したことをまざまざと見せつけられた。




