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マドレーヌ13歳、秋。~要人警備にもの申したい~

「うーん。どっちも無防備」


 慌てふためく大人達を愉しそうに眺める少年に死角から近づく。足音を立てずに走る実地訓練、もとい淑女教育の賜物である。たぶん。一方、ダルドワーズはすぐ隣の路地に入っていった。例の男たちは背後から捕縛するつもりらしい。


「みぃつけた」


「わぁッ??!――あ!マドレーヌお姉ちゃん!」


 魂が飛び出んばかりの驚き顔から一転、喜色満面。きらきら眩い瞳をこちらに向けるのは、ルリジューズ・キエフルシ。つい先日、単身で王立学院に乗り込もうとした公爵家のお坊ちゃまだ。

 今日もまたキャスケット帽と綿のシャツで変装してはいるが如何せん育ちの良さは隠せない。邪な考えを持つ人間にはいいカモだろう、まったく。


「こんにちは、お久しぶりですね。今日は鬼ごっこですか?」


「うん、そんなところ」


 ドサリドサリと重いものが地面に落ちる音や低い呻き声を一切無視し、何事もないように、目線を合わせて話しかけた。その間もルリジューズの背後ではダルドワーズが華麗なロープワークを披露している。誘拐犯らしき男たちも、まさか自分たちが持参した縄で拘束されると思っていなかっただろう。しかもあれは“亀甲縛り”というものではなかろうか。思わぬところで思いもよらない義兄の性癖を目撃した衝撃で目が離せず、ばっちり目があった。


「これか?緩みにくくて重い荷を梱包するのに便利な縛り方だ」


「へ、へぇー!そうなんだ!器用ね」


「遠征に行けば土木工事だのもやるからな。そこで教えて貰ったんだ」


 疑ってごめん、邪な妹でごめん。心の中で謝りつつも義兄には()()()()()()がないようで安心である。


「私はそこのマドレーヌ・コメルシーの兄、ダルドワーズ・コメルシーと申す者。王国軍第三部隊に所属しており、不信を抱かれましたら部隊長のダダールまで在籍確認を。

 迫った危険は排除しましたが他にも良からぬ輩がいるやもしれません。ご無礼とは存じますが、このまま兄弟のふりをさせていただきたく」


「あいわかった。よろしく頼む」


 ダルドワーズはしゃがみ込み、大きな体を丸めて目線を合わせる。それは貴人に対しての礼儀というよりも、単に子供に対する気遣いだ。ルリジューズもそれがわかったのか、口振りは硬いが表情はにこにこ柔らかい。


 さて、逃亡を防いで時間を稼ぎ、その辺を走り回っている連中に気付いて貰わなければ仕方ない。けれど彼らは通りを隅々まで走り回ってはいるが、人混みをかき分けこちらにやって来る気配はない。もし来ても、こちらの身元がバレれば面倒ごとが増えそうだし、と考える。


「鬼ごっこ、満足しました?」


「お姉ちゃんとお兄ちゃんに会えたから満足かな」


「じゃあ帰りましょうか?」


「わかった。手、つないでくれる?」


「もちろん。いいですよ」


 不敬だの何だのが頭を過ったが、また逃げられてはたまらない。それに本人からのお願いでもあり、何より田舎の弟達と同い年。まだまだ甘えたい年頃と思えば、可愛いお願いごとを邪険にもできない。


「さてと。どうする?お姫様、お坊っちゃま」


「お姫様だって!いいね、似合ってる」


 王家に連なる由緒正しい公爵家の人間を前にしてもダルドワーズの妹優先主義(シスコン)はブレない。ルリジューズの方もそれで良いと言わんばかりに嬉しそうで、ぎゅっと手を握り返してくるので気にしないことに決めた。


公爵家の家人(ほかのみんな)はどこにいます?」


「中央教会にいるはずだよ」


「教会なら15分もあれば着くな」


 てくてく歩くうち、ルリジューズの視線があちこち忙しなく動く。特に露店の食べ物やチャリンと小銭をやり取りする買い物が珍しいようで、目は釘付けだけれど、我儘を言ったりおねだりをする様子はない。


「マディ、店選びと毒見は任せたぞ」


「ダル義兄さま?!」


「秋とはいえこの好天だ。長い時間何も飲まずにいたら体調が悪くなる。そうだろ?」


「そうね!わたし果実水のお店を選んで来るわ」


 面倒見のいいダルドワーズはルリジューズの大人し過ぎる態度が気に掛かって仕方ないらしい。本来ならば安全性が担保されない飲食物をおいそれと勧めるわけにはいかないが、脱水気味だったので緊急避難的に、という名目で押し通すらしい。念には念を入れて、使っている素材も見極めて店選びをする間、ダルドワーズはルリジューズに銅貨を握らせ、熱心に指南している。


「これを渡して」

「品物を受け取れば良いんだね」

「そうそう。もしぼったくられそうなら」


「ちょっと待てーい!ダルにぃ!小さい子に何を教えようとしてんのよ!」


 *****


 ともあれ初めてのお買い物は無事に終わり、果実水を片手にベンチで小休憩である。毒見を済ませた果実水をごくごく喉を鳴らして飲むあたり、ルリジューズは方便ではなく本当に喉が渇いていたようだ。ダルドワーズが気を利かせてくれて本当に良かった。


「こんなふうにのんびりできたの本当に久しぶり。公務(しごと)も暗殺もない時間っていいね!」


 爽快感たっぷりに事もなげに言い放つルリジューズに平民育ちで泡沫貴族の子女でしかない兄妹は眉を顰めるやら唖然とするやら。

 聞けば、今日は父の名代として側仕えのみで出掛けたそうだ。しかし選りに選って護衛が買収されており、教会内で殺されかけたのを命からがら逃げ出したとか。各家が教会に寄付した古着から自分一人でコーディネートしたと笑う幼い声に、やはり住む世界が違うのだと感じさせる。


「その若さで苦労してるなぁ…」


 しみじみ呟くダルドワーズの言葉にマドレーヌも肯首する。


「怒らないの?公爵家の人間らしくない、とかさ」


「うちの村では子供がするべきことは3つ。よく寝て・よく食べて・よく遊ぶ、です。それに加えて色々がんばっていらっしゃるのですから、花まる満点ですよ」


「だいたい子供に重責を負わせたり加害する性根が気に食わん」


 キエフルシ公爵家は王国の食糧庫。察するに、そこから未来の王妃が誕生すると内定したことで、更に権力や発言力が高まるのを恐れた他家、利益を得たい遠縁の親戚が、まだ年端もいかないデビュタント前の子供達を狙っているらしい。権力争いに子供を巻き込むとは全くもって迷惑極まりない。


「あはは!お兄ちゃんもお姉ちゃんも変わってるねえ!」


「そうです。変わってるついでに今日はもう一つ、変わったことしてみませんか?ねえ、ダルにぃ?」


 うるうる上目遣いでおねだり。あざとさ満点だが、ダルドワーズから断られたことのない奥の手だ。


「わかったわかった。2人がかりとかもう…降参だ!」

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