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ダルドワーズ28歳、晩夏。~スュトラッチ伯爵という人〜

「それで、診察もせずに戻ったのか」


「そう。外務局の職員に捕まって散々説得されたけれど『診察できない』の一点張りでね。そのうちにぼくやマドレーヌを帰す時間になったからって席を立っちゃってね」


 いつも通り、定刻に約束通りの場所で合流して帰路に着く途中の、報告がてらの雑談。噂に違わぬスュトラッチ伯爵の変人ぶりを窺わせるには充分過ぎる逸話にフルンは苦笑し俺とマディは顔を見合わせる。ヘルギさんのもう一人の兄は、ヘルギさんと同じくらい我が道を行く人間だった。


「お戻りが遅いのでてっきり緊急事態かと思ってました」


「ああ、それでタオルや薬品の瓶が並んでたんだ」


 侍医局長殿はフルンを従えて局に戻るなり、時間だからと2人を帰したという。勿論、遅くなった事情を説明したりはしない。徹底したマイペースさである。親の顔が見たいものだ。とっくに見ているが。


「それまで軽くゴタついてたんですけど、時間が経つにつれて皆が一丸となって準備したんです。もちろん、カザンさんも」


 マディの説明によれば、基本的に医師はその場では詳しい問診と触診でもって症状や身体所見を調べるのみ。そこから病気を推察し、診断を下して必要な薬を処方したり調合したりするのは侍医局に戻ってからで、側仕えが後で侍医局に薬を受け取りに来て説明を受け、更にそこから料理担当部署にも伝達される。直接本人に説明したり薬を渡さない理由は単純明快。周囲皆に傅かれ身の回りの事全てを他人の手に委ねる貴人は、自分では服薬管理、つまり処方された薬の「量」「飲む時間」「回数」を守り、飲み忘れ・誤用が無いように、正しい服薬を管理するのが難しいから。

 要は、そうした手順を踏むので診察の時間自体はじっくり調べたってたかが知れている。けれど緊急事態なら話は別だ。異国の要人の診察に行った侍医局長がなかなか戻って来ないので医者たちは上も下もそわそわしだし、誰からとなく急患受け入れの支度を始めたという。腐っても医師、普段は反目し合っていても皆、医療に関しては熱心なようだ。


「優秀ではあるが扱い難い人物と専らの噂だが、2人とも上手く付き合っているんだな」


 シグムント・スュトラッチ。

 ヘルギさんの実兄で、現スュトラッチ伯爵。王国の医薬学のトップである侍医局長。

 専属侍医として国王の側を離れず殆ど人前に姿を現さないというのもあるが、これほど長く王宮に勤めているというのに、その人となりがまるで見えて来ない。恐ろしいくらい時間に正確で、遅刻も遅延も曖昧さも嫌い、国王と医薬の師でもある父親を除き誰に対してもまったくの公平公正という、作り物じみた人間味のない評判以外はまるで。

 ゆえに、身内とはいえ外部の人間を頼り臨時とはいえ侍医局に引き入れた事実は、皆を驚かせたらしい。


「決まりを遵守してその時々の感情に突き動かされて衝動的に行動しないから安心だよ」


 マディの言う“その時々の感情に突き動かされて衝動的に行動する人間”とはヘルギさんだ。気分が乗ったり興味が唆られたり、時には暇潰し程度の気紛れで他人に怪しげな薬を盛る。心が不安定になったり好機が訪れれば即座に動いて妻や娘を部屋に閉じ込める。生まれながらそんな環境に晒されているせいで、自分や家族に被害が及ばない限りはマディの人に対する許容範囲はやたら広い。従って人物の評価は当てにならない。


「ぼくの方もまあ、不器用な人だって解ったからね。戸惑う事もあるけれど、そこまで苦じゃないよ」


 本人は口にしないが、天才と崇められ事故死した叔父と瓜二つなフルンが周囲からどう扱われたのか。スュトラッチ邸に泊まったマディの話からも凡そ想像がつく。それでいて実の父親には顧みられず会話すら満足にした事なく育った。思うところは色々あるだろうに、マディの為に通訳を買って出た。


「10代の頃なら父さんに対して突っ掛かったかもしれないけれど、もういい大人だしね」


「そうか。良いタイミングだったのかもな」


 感情のままに動き衝突も厭わない子供時代は過ぎ、清も濁も入り交じる世の中を渡っていかなくてはならない年齢になった。腹や心に抱えるものがあっても仮面を被って表面上は平和に遣り過す術を身に着けた。そうして大人になってから父親と向き合う羽目になったのも、何かの導きなのだろう。多分、煩い方じゃなくて静かで遠慮しがちな方の。


「うん、良い機会だったよ。コメルシーの皆のお陰で思ったよりも父さんに対しての蟠りは少ないしね」


「一人暮らしの時とは違って、ちゃんと寝てちゃんと食べてますもんね。心身とも健やかで何よりです」


 家族というものに縁の薄いフルンが言いたいのはそういう意味ではないだろうが、まあ、いいか。食えて寝れれば大抵のことはなんとかなる、がマディの母スヴァさんの教えだ。



「フルンもすっかりうちの一員だからな。これからもスヴァさんの教えをきちんと守らないと、とんでもないお仕置きを食らうぞ」


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