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バンタル13歳、晩夏。~幽霊屋敷の噂〜

「待て待て待て待て!」


 いつも通りの筈の愛児院で今現在進行形で発生している異変に慌てて割って入る。


「どうしたのバンタル?」


 ダコワーズも子供達もキョトンとしているが、何故この異常事態に平然としていられるんだ?もしかして、俺が間違っているのか?


「ダコワーズ、今のところをもう一回、読んで貰えるか?」


「良いよ、ええと…。コード・ネーム“キジ”には上空からオニガシマ周辺の情報収集とオニ達の動向を継続的に監視するよう命じました。こうして得られた情報を元に司令官モモタローはオニガシマ奪還作戦を練りはじめます」


「先ずはオニガシマ周辺の地図を作らなきゃだね」


「人も武器も積める船も造ろう!大きいの」


「いやおかしいだろ確実に!」


 双子が大好きな物語で、よく聞いていてよく知ってる“ほのぼの系”英雄譚の筈が、知らない間に兵学の授業になっていた。冗談でなく、仲間にした動物が「噛みついたり引っ掻いたり突いたりして力を合わせて勝ちました」なんて一言じゃあ済まない物語が展開している。そして子供達も平然として、むしろいつもよりも盛り上がっている。


「ねーちゃんのアイデアだよ!同じカミシバイも何度もだといい加減読み飽きるって」


「だろうと思ったよ!それ以外いねえもんな!」


「ねーちゃんが読む時は皆の意見を聞いて毎回違った作戦を立てていくんだよ!」


「読み飽きたのは子供たちじゃなく本人の方かよ!」


「『この島の周囲は水深が浅く干潮時には砂州によって陸と繋がってしまう。これでは船で近づくことは難しく、また、人の大勢住む陸にオニを逃がせば危険だ。よって、潮満つる満月か新月、夜襲をかけるならば新月が良かろう!』。キジからの情報でモモタローは水陸両用作戦を主軸とした奪還作戦を発動します。

『時は満ちた!』モモタローの合図でキジは一斉に降下。俊敏で獰猛な機動歩兵、コード・ネーム“イヌ”は上陸するや否や目にも止まらぬ速さで襲い掛かり、コード・ネーム“サル”は投石でもってオニを打ち払い、モモタローは船上からオニの暮らす集落に火矢を放ち…」


 一言で終わるはずの戦闘シーンが長々と語られていく。月のない真っ暗な夜に寝込みを襲われ闇の中を逃げ惑い、挙げ句、家まで焼かれるオニの状況が余りにもリアルで、物語の中では絶対的な悪役の筈なのに憐れみを感じ英雄一行に対して義憤すら覚えた。だからか最後の言葉も「めでたしめでたし」ではなく「はい、おしまい」で、そのあっさりとした終わりが却って恐ろしくも思われて、色んな思いが頭の中でぐるぐると渦を巻いた。


 *****


「やっぱり男手があると助かるよ。ミルクでいいかい?」


 昼寝の時間になり、母さんより年上でこざっぱりした気質の、愛児院のまとめ役みたいなおばさんが俺にも昼食を差し出しながら笑う。礼を言って受け取ると、あの奇妙なカミシバイの裏話を教えてくれた。

 いつもは外遊びをしている昼食前の時間に兵学の授業、もとい、カミシバイの読み聞かせをしていたのは、足を挫いた子供がいたからだった。オニゴッコでは双子の姉の方で男勝りなガレットとも毎回いい勝負を繰り広げる元気な男児で、思い切り遊べずうずうずしている彼を残して外遊びをすれば足の痛みも厭わず参加して怪我を悪化させてしまうと心配した双子の弟デロワがハラハラドキドキのカミシバイをダコワーズにねだったのだとか。絵の描いた紙の裏にはマドレーヌの字で幾つものストーリー、というか戦術が書いてあって、よくもまあ考えつくもんだ。ちょっとの間だけ借りてっていいかな?


「見た感じは大して酷くはなさそうだけど、怪我なんて珍しいな」


「夜中に家を抜け出して幽霊屋敷に忍び込もうとした挙げ句、物音か何かに驚いて躓いたんですって」


「幽霊屋敷?」


 同じく愛児院職員でダコワーズよりも幾つか年上のおば…、お姉さんが肩を竦めて教えてくれたのは、近ごろ子供の間で盛んに交わされているという噂話だった。

 なんでも、下層市民の居住区の端っこの、ひと気のないボロ家から夜な夜な男の苦しそうな呻き声が聞こえて来るのだとか。噂ばかりではなくて実際に聞いた人間も居て、破れた窓からこっそり家の中の様子を探ってみても人っ子一人いないどころかテーブル一つない完全なる空き家。なのに声だけが何処からとなく聞こえるという状況で、這々の体で帰った目撃者が怖さを紛らわすのにあちこちで吹聴したので一気に広まったらしい。


「それで度胸試しってね、夜にその家を観に行くのが男の子達の間で流行してるみたいなのよ」


「下層市民の居住区に?!けっこう拙いな」


 勿論、男とはいえ子供だけで夜に出歩く事自体が危険を伴うけれど、何処かの家なり店なりに勤めている中〜下級市民の居住区ならまだ怒鳴られてゴツンと一発大きいのを喰らう程度で済むだろう。でも、下層市民の居住区は駄目だ。

 下層市民は、きらびやかな王都の汚れた部分を押し付けられた存在。まだ夜も開けきらぬうちに起きて溝浚いをしたり馬糞や酔っ払いの汚物や時には行き倒れも片付けて、“王都に暮らすに相応しい”教育をしっかり受けた“知性あふれる”人々の目に触れないようにするのが下層市民だ。安い賃金で重い荷運びをする親の傍らでは歩くのも覚束ない子供が道端に落ちている金目のものを拾って歩き、もう少し大きくなれば煙突に入って掃除をしたりランタンの火屋(ほや)に手を突っ込んで煤汚れを落としたりなんかして働くのが普通だ。そんな人達が暮らす場所に、さして働かずとも食っていける身分の小綺麗な服を着た子供が遊び半分でやって来れば、普段どれほどいい奴だって鬱憤が溜まる。それが続けば…。


「親達も強く叱ってんだけどね。ほら、子供ってのは駄目と言われると増々やりたくなるだろう?」


「あー…、身に覚えがありまくる」


 怒られたら不貞腐れて、やるなって言われたら碌に考えもせず反発して。馬鹿だったしガキだったし、親に甘えてたんだと今ならわかる。


「あれはまたやる顔だわ。さっきもね、お昼寝の時に言ってたの。『あそこには悪い神様の遣いが居るんだ、それが国中で悪さをしてるんだ。俺が絶対に捕まえてやる』って」


 それと同時に、親がどれくらい俺のことを案じてくれていたのかも、今ならわかる。子供がちゃんとした大人に育って欲しいから、危ない目にあって欲しくないから叱るんだって。父さんと母さんと離れて暮らしてきて、また一緒に暮らして、色々なことを見つめ直せた今だからこそ、わかる。



「起きたらちょっと話せるかな?大人よりも歳が近いぶん、俺の言う事なら聞くかもしんねーし」



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