マドレーヌ13歳、秋。~お茶会狂騒曲/Fermata〜
「コメルシー様、さいっこうだったわ!」
授業の終わりを 告げるチャイムが鳴り終わるや否や、ミラベルはマドレーヌの手をガシッと掴んだ。思い出し笑いが止まらないようで、目には薄ら涙が浮かび、ヒ、ヒ、と短い若い声が漏れる。どうも前世で言う“ゲラ”と呼ばれる人種らしい。
「ありがとうございますファーブルトン様」
ここぞとばかに微笑んで、上目遣いで目をぱちぱち。思った通り、ミラベルはヒィヒィ笑いながらテーブルに突っ伏した。ツボにハマったらしい。腹筋がたいへんに心配である。
「キーバー様、ありがとうございました」
立ち直るまで長くかかりそうなミラベルを横目に、こちらは真面目な顔でキーバーに軽く頭を下げた。
模擬茶会でモニカ達のテーブルは随分と目立ってしまったが、プティチエと取り巻き以外は教師に苦言を呈されることはなかった。累が全員に及ばなかったのは、あの時、マドレーヌの意図を読み取ってくれたキーバーのお陰だ。
「いいえ、何も出来ずに申し訳なく」
モニカとプティチエは、格の差があれど、見知らぬ仲ではない。親しい友人の会話を遮るのもまたマナー違反なのだ。それが喩え攻撃的な言葉であっても。だからあの場での最適解は、モニカがプティチエを諌める事。次善手が、2番目に地位が高く同性であるマドレーヌによる介入。異性でもあるエーブレスに何ら瑕疵はない。が、唯一の男子学院生ということで、女性を守れなかったことを気にしているのだろう。
「キーバー様にはとてもお助けいただいきました。わたし、このようにたくさんの人がいる場が初めてで。お話ができるか不安だったんです。おかげで先生に叱られずにすみました」
助けられたのは、あくまでマドレーヌだ。モニカではない。そう念を押す。
「私のことはエーブレスと。コメルシー様とブレガリア画伯のお話が出来て嬉しく思っています。同年代には余り好まれない画風ですので」
ブレガリア画伯はどちらかといえば牧歌的で穏やかな印象の作品が多い。華やかで煌びやかな、わかりやすい絵の方が若い世代にはウケるのだろう。そして年を重ねると嗜好も落ち着いてくる、と。なるほど人生2回目ともなれば感覚が老成しているものなのかもしれない。
「ありがとうございますエーブレス様。わたしもどうぞ、マドレーヌと」
「マドレーヌ様。理知的で勇敢でお優しく、その上ウイットにも富んでいらっしゃる。そのような貴女を、どうして心に留めおかずにいられましょう」
「まあ。素敵なご挨拶をありがとうございます」
女性を褒めるのは貴族男性の挨拶、言い換えれば義務でもある。エーブレスはまだ10代前半だが、しっかり身についているようだ。うむ、将来は明るい。
「わたしもマドレーヌ様って呼んでいい?」
「もちろんです。ミラベル様」
ようやく思い出し笑いが落ち着いたミラベルも割り込んで、和やかで楽しい雰囲気に包まれる。
「あ。モニカ様」
そうこうしているうちに、責任やら混乱やら安堵やらで呆けていたモニカが落ち着いた。マドレーヌは立ち上がり、側に立って笑いかける。
「ごはん行きましょう?すっかりお腹が空いちゃって」
「ええ、ええ。あの…えっと」
「早く行かないと。ジョン様がひとりぼっちでお可哀想です。それじゃあ皆さま、また明日!」
さっと手を取り椅子を引き、強引に連れ出して庭園を後にする。居残る学院生達のもの言いたげな視線が背中に突き刺さるが、気にしない。視線如きで射殺されはしないのだ。
「…マドレーヌ様、ごめ」
「お友達ですもの。言いっこなしです」
迷惑をかけた、と謝罪するモニカの唇をそっと人差し指で塞ぐ。
「でも…」
「あー、初めてのお茶会で緊張しましたけど無事に終わって良かったぁ!」
うーん、と背伸びするマドレーヌにモニカはくすりと笑う。
「ではさっそく復習も兼ねて、お約束通り3人でお茶会を致しましょう?招待状を出しますわ」
「はい!ありがとうございますモニカ様」
「わたくしのほうこそ。ありがとうございます、マドレーヌ様」
笑顔で寄り添う愛らしい少女2人。それは何時しか王立学院を越えて、市井の話題にもなっていった。
「そういえば、お茶会の途中で何かを思い出されていませんでした?」
「あ。ええ、お義母様のお茶会でのご様子を、思い出していたのですわ」
正確に言えば、お茶会を前に、水を含ませた小さな布切れを革で巻いて、ハンカチに忍ばせていたのを見た時である。
――あれに比べれば、捻りのない嫌味なんて文字通り子供のお遊びだわ。
「モニカ様のお母様ですか。お優しくって穏やかな方なのでしょうね。お会いできるのが楽しみです」
「義母もマドレーヌ様にお会いしたいと常々言っておりますわ」




