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マドレーヌ13歳、秋。~お茶会狂騒曲/Agitato~

「あら、コシチェ様。どこのお茶会でもお会いできなくて心配しておりましたのよ?」


 お茶会の授業。モニカや親しい同期生と同じテーブルになったと喜んだのも束の間、その見知らぬご令嬢は席に着くなり嗜虐心と愉悦に満ちた笑顔で声高らかに言い放った。


「ああ、お父様のことがお有りでしたものね。婚約の件も残念でしたわね」


「ええ、ほんとうに心が痛みますわぁ」


 ()()()()()()悪意を向けられたモニカは俯き、テーブルの下でぐっと拳を握る。

 六人掛けのこの円卓の上座、つまり最も位の高いのはモニカだ。このテーブルを仕切らなくてはならない彼女にあからさまな敵意を向けるご令嬢と、ニヤニヤ笑って追従するそのご友人。モニカの隣で、どうしたものかと戸惑う男子学院生。


「プティチエ様よ。モロコ男爵の後妻(あいじん)の連れ子で、なにかと()()()()()なの。そのお隣は、まあ、いわゆる取り巻きね」


 隣に座る同期生の話に拠れば、モロコ男爵には先妻との間にも娘がいるけれど、愛人との間に生まれたプティチエを溺愛しているのだとか。しかも娘とプティチエは同い年というから、何処に出しても恥ずかしい()()()()()

 聞き覚えのある名前と、素性と、友人に対するこの態度。マドレーヌの心の中で始まりを告げるゴングが高らかに響いた。ただし、それはマドレーヌの試合ではない。今はまだ、セコンドに着くだけだ。


「どうなさったのコシチェ様?まさかお茶会の仕切りも満足に出来な」

「ねぇモニカ様。コシチェ領には樹齢100年以上の葡萄の古樹がおありになるって、まことですか?」


 喉を開いてー、腹筋に力を入れてー。売り子で鍛えたよく通る声でもって、貼り付けた笑顔に厭味を添えた実に貴族らしいご令嬢の言葉をぶった切るとモニカはキョトンとしながらも顔を上げた。


「え?ええ、ございますわ。ヴィエイユ・ヴィニーユといって、複雑で味わい深いワインになりますのよ」


「まぁ!素晴らしいわ。葡萄の古樹は管理が難しいのでしょう?歴史を紡いできたコシチェ家だからこそなのですね」


 感激だわ、と頬に手を当てて笑顔でテーブルを見回せば、向かいの席の男子学院生と目が合った。にっこり、のち、瞬きをゆっくり2回。男子学院生が心得たとばかりにこくりと頷く。


「食通で知られる()()侯爵家がコシチェ産のワインを愛飲されているのは有名な話ですからね。特にヴィエイユ・ヴィニーユは本数も限られ、幻とまで言われる逸品だそうなのです」


 穏やかに礼儀正しく、それでいて力強く。プティチエと真逆の意味で貴族らしい男子学院生のアシストに、モニカの表情も幾分か和らいだ。と同時に、何かを思い出したように口元を緩め、小さな息を吐いた。


「まあ。キーバー様にそのように仰っていただけて嬉しいわ。マドレーヌ様、こちらの紳士はエーブレス・キーバー様よ。ご領地はとても風光明媚なところで、夢のように美しいの。キーバー様、こちらマドレーヌ・コメルシー様。親しくさせていただいておりますの」


「エーブレス・キーバーです。貴女のように麗しき淑女(レディ)とお近づきになれて光栄の極み。コメルシー様、どうぞお見知りおきくださいませ」


「マドレーヌ・コメルシーでございます。芸術神の創り賜うた地、地上の楽園と名高いキーバー領のお方にご挨拶させていただき光栄です。ブレガリア画伯の『日没の風景、あるいは自己への回帰』にはすっかり心を奪われました」


「ああ、なんと。これほど喜ばしいことはありません。ブレガリア画伯は我が領を王国内に広めてくださった大恩人なのです。アトリエも、美術館も、絵画に描かれた場所も、お望みとあらば何処へなりとも。私めにご案内させて頂きたく」


 キーバーは王国の北方エリアにあり、多くの芸術家に愛され作品の舞台となっている長閑なリゾート地。らしい。図書館で読んだ『美術図版帖』には、夕焼けに染まった美しい空と海の風景画が載っていた。


「そちらのレディはミラベル・ファーブルトン様。わたくしやマドレーヌ様と同期生で」

「いやだわ。田舎者(イモ)ばかりを側に置くと都会(はな)に相応しいものが何か、わからなくなるものなのね」


 プティチエは唐突に声を張り上げ、やっぱり真正面のモニカを見下すようにジロリと睨みつける。どうやら構って欲しくて我慢できなかったようだ。やだー、拗ねちゃってかわいいわー。心の中でニヤケが止まらないマドレーヌだが、今はモニカの試合中なので顔には出さない。


「…ミラベル様はとてもお洒落でセンスが宜しくって、外国の情報にも通じていらっしゃるのよ」


「ミラベル・ファーブルトンです。父が外交官をしておりまして、キーバー領にお連れした客人は皆、喜びに満たされてお帰りになると聞いております」


「お会いできて光栄です。ファーブルトン男爵より御息女のお噂はかねがね伺っておりましたが、噂以上に美しく聡明な淑女で驚きました」


 モニカ、マドレーヌ、エーブレス。それにミラベルも加わって、妙な雄叫びなどなかったかのように穏やかに会話を続ける。その間プティチエを顧みることなどない。何故なら今は社交の場ではあるけれど、その前に歴とした授業なのだ。上位者はマナーを遵守し、周囲にも守るよう働きかける。だから、()()()()に当たる人間の傲慢な振る舞いに屈することは許されない。


 モニカも最初は悪質なヤジでペースが乱されたけれど落ち着けばキチンとできる子だ、えらいぞ。ここまで来れば一安心。全ての責任はモニカから他に移るはずだ。

 のんびりお茶を飲み、花型のジャムクッキーに手を伸ばしたところで構ってちゃん(プティチエ)が限界を迎えたらしい。乱暴な手つきでカップをテーブルに叩きつけた。


「貴女たち、よくもよくもこのわたくしを差し置いて!何様のおつもり?」

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