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モニカ13歳、秋。~貴族夫人の怒り~

「コシチェ家も随分と見縊(みくび)られたものねぇ」


 それはつい先日のこと。

 メッセン家から来た手紙を手に、口元に薄い笑みを浮かべながら義母はそう仰いました。これまで聞いたことのない重く冷たい声に義父と義弟とわたくしはブルっと身を震わせ、よく出来た執事(バトラー)は急いで温かなお茶と暖炉の支度をするよう使用人に命じます。


「フィオス。当日はそのお嬢さんの家にコシチェ家の馬車を迎えに()れるわね?」


 口調こそ都合を問うものですが実際は命令です。執事が首肯すると義母は満足そうに口元だけの笑みを一層深めて、わたくしに向き直ります。


「年頃の娘が供もつけず乗合馬車で来るなんて、なにかあっては大変だもの。モニカからもそのように、お嬢さんに伝えておやりなさい?」


「はい、お義母様。お気遣い頂きありがとうございます」


 手紙はお茶会に招待した、その返事です。参加はするけれど供もなく乗合馬車で来る旨が記されていたのでしょう。カタリナ様から前もって教えられてなければ、わたくしはきっと驚きのあまり言葉を失っていました。それほどまでに非常識で恥知らずな申し出なのです。


 ああ、でも。


 わたくしは知らなかったのです。

 義母の静かな怒りは、青く燃える炎のようであったことも。

 ほんものの貴族夫人の怒りを買うことが、どれほど恐ろしいことであるのかも。

 この時のわたくしは、何も知らなかったのです。


 *****


「…ということなの。酷い話でしょう?わたくし同じ年頃の娘を持つ親として、悲しいやら腹立たしいやらで」


「なんてこと。若い娘を供もなくお茶会へ?しかも(やしき)まで徒歩で向かわせるなんて!」


「ええ。ほんとうに恐ろしい。悪鬼のようですわね」


「道中に()()あれば都合が良いとお思いなのでは?いけないことですけれど、そう考えてしまいますわね」


 コシチェ家の庭園では今日もお茶会が開かれています。そっと様子を伺えば、涙ぐみ目元をハンカチーフで抑える義母の言葉に、貴婦人達は口々に批難の言葉を紡ぎます。もちろん皆、義母と親しいお方ですけれど、今回のお顔ぶれは娘をお持ちの方ばかり。たしか先日は王立学院時代からの親友、その次は慈善や福祉の事業で出会ったという方々でしたっけ。


 室内を零下に陥れたあの日から5日。その間、義母のお茶会はわたくしが確認しているだけで、つまりコシチェ家で開かれたものだけで3回。カタリナ様のご家族に対するネガティヴ・キャンペーンが盛大に開催されております。



「娘が。モニカが言うには、ご本人はとても慎ましく(わきま)えているそうなの。それがまた不憫で。絵画の才もあるけれど、ご家族のお許しが出ないと自由に筆も揮えませんでしょう?」


「先程拝見したわ。モニカさんの肖像画をお描きになったのが、その方なのでしょう?まるで生きているような見事な絵ですわ」


「まあ、あの絵はまだデビュー前のご令嬢が?モニカさんの幸福そうなお顔、わたくしすっかり見惚れてよ?」


「ええ。わたくしの娘もぜひ一度、描いていただきたいものだわ」


 カタリナ様に対して悪感情を持たれないよう、家族には予め作品をお見せして彼女の境遇を余すところなく伝えておりました。ですから手紙の内容は想定内とはいえ、両親、というか義母は静かな怒りのままノリノリであちこちに手紙を出されました。そして早急に、わたくしの肖像画も描くよう依頼せよと指示したのです。


 それがまさかこのような場で使われているとは思いも寄りませんでしたが、たしかに皆様よく見知ったわたくしの肖像画の方がカタリナ様の素晴らしさをお感じいただけるでしょう。

 ちなみに、カタリナ様はマドレーヌ様と一緒にいる時のわたくしをお描きになったとのこと。その時の笑顔が一番輝いているとかで…さすがの慧眼です。


「ああ、そう仰っていただけるなんて。実は皆様にしかお願いできないことがありますの。聞いていただけて?」


 こうしてカタリナ様は義母の手腕によって”非道なる父を持つ悲劇のご令嬢”として同情を集める一方で、“絵画の女神の愛し子”としてあちこちから支援を集めるための下地が着実に整えられていたのです。しかしこれらは秘密裏に行われており、わたくしが全てを知ったのは、もっと後のことでした。


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