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ダルドワーズ27歳、秋。~幸福のハンカチーフ、或いは不意討ちの思考力テスト~

 考えろ考えろ考えろ。

 緑色で細長く、中心線から両サイドに触手らしきものが伸びている、植物か或いは生物。


「マディお手製のハンカチーフか!初めてにしちゃ上手いもんだ。ありがとな」


 お礼を言って時間を稼ぐ。

 緑色。生物ならトカゲ、カエル、バッタ、青虫の類。植物なら……あり過ぎて特定は困難だ。

 ヒントはないかと指の腹で撫でると、刺繍とは思えないほどもっこり膨らんだ感触。よほどの怪力の持ち主でも破れないほど丈夫な作りで、これなら多少乱暴に洗っても(ほつ)れまい。


「次の遠征からはオマエも一緒だな」


 軍人にとって、親しい相手から贈られた刺繍入りの私物は幸運の御守りだ。なんでもその昔、ある兵士の妻が夫に刺繍を施したシャツを着せて戦地に送り出したところ、その兵士は怪我もなく無事に帰宅できたことから始まるジンクスらしい。だから、


「これ、あんまり上手じゃないけど…。お養父様にも」


 と自信なさげにおずおずとだが、刺繍入りのハンカチーフを渡された日には、有難さと幸福感しかない。

 健気で賢い上に運動神経も抜群の義妹だが、唯一にして最大の欠点というべきか、そこも可愛いというべきか、とにかく絵の才がまるっきり抜け落ちている。似顔絵を描かせれば目の真下に耳が来たり口が来たりとしっちゃかめっちゃか。身内の贔屓目でもかなり、とても、相当に個性的な作品が出来上がる。あれを即座に理解できるのは王国広しといえども彼女の父親だけだろう。一人娘に対する溺愛ゆえか何なのか、きっと彼にだけは別のナニカが見えている。


 そして最近出来たもう一人の父親はといえば、じっとハンカチを眺めたまま微動だにしない。どころか、段々と表情が険しくなっていく。


「ちょ、親父」

「あなた」


「いいのいいの、お養父様が喜んでくださってるのはわかったもの!」


 非難の目を向ける俺や母さんを義妹はそう言って取り成すけれど、この顰めっ面のどこに喜びの要素があるのか。怪訝に思っていると母さんがこっそり自身の口角を指さした。教えられてから改めて見れば、親父の頬と口元がヒクついている。なるほど、これは嬉しさが有り余って溢れ出て表情筋の動作が追いつかない状況らしい。……観察眼は確かなのに、絵となるとそれが一向に活かされないのがより一層の謎である。


「そのぉ、馬蹄の形はギモーヴ夫人に教わったの。魔除けのシンボルだって。で、文字の下のは…」


 イニシャルの飾り文字とそれを囲む馬蹄形は、とても立体的だが造作は美しい。平面的なものや幾何学模様は義妹の得意分野だ。


「ダルにぃはリコリスで、ポルミエおじ…お養父様のはジュジュベです……」


 動揺やら羞恥心やらが勝ったのか、マディの口からぽろっと懐かしい呼び名が飛び出した。

 ひょいと親父の手の中のハンカチーフを覗き込めば、そこに楕円形の鮮やかな血痕と緑色の皿のような何かが立体感をもって刺繍されている。ジュジュベと言えば、帰宅翌日に焼いてくれたバターケーキに入っていたのがそれだ。ほとんど一人で平らげて後から親父にキレられた。我が親父ながらまったく大人げない。リコリスはなんだったか、たしか甘い薬草だ。


「マディから貰った御守りなら効果は倍増だな」


「だと、いいけど…。あ、軟膏の改良版も後で渡すね。こっちは自信作だから大丈夫よ」


 軽くて運び易くて高価な薬草類やその加工品はコメルシー村の経済の屋台骨。それらの栽培や採集から加工、品種改良、商品開発までをほぼ一手に担っているのが義妹とその実父なのだ。本人達はあくまで薬草事業は趣味、本業は肉屋というが、規模やら利幅やら、どう考えても趣味と本業が逆転している。


「そういや、宮廷医務係から第三部隊に薬草調達の依頼があったってさ。医務員の個人的な依頼らしいが、間違いがあっちゃオオゴトだろ?どんだけ金積まれても断れってお達しを出したそうだ」


 薬草と間違えてよく似た違う植物を渡しても問題だが、もっと危険なのは、調達した薬草が毒薬として調合されることだ。

 宮廷医務室では、貴重な薬草や効き目の強い薬草は乱用・盗難の危険性があるとして厳重に保管管理されていると聞く。真っ当な薬の試作が目的なら許可が下りるだろうから、わざわざ軍人(シロウト)なんかに依頼する必要はないのだ。


「欲をかいた果てがどこかで宙吊りなんて、目も当てられないものね。――ねえ?ダル義兄さま?」


 事件後、依頼主はきっと知らぬ存ぜぬを貫いて薬草の調達者に全てを押し付ける心算だろう。身分もなければ上流階級の後ろ盾もない者に味方する価値はなく、碌に裏取もなく処刑されて第三部隊も責任を負わされて幕引き。目障りなものを纏めて排除するつもりらしい。()の人間が考えそうな、ありふれた茶番(コント)だ。

 俺と同じ結末に思い至った義妹が、コテンと首を傾げておねだりしてくる。この仕草、あざといけれど実に可愛い。可愛いは正義だし、この後義妹が言い出すだろう事はそもそも正義だ。


「そう言うだろうと思ってな。ほい、これが依頼リストだってよ」


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