マドレーヌ13歳、秋。~食事問題を改善するのです~
「ダル義兄さま、あーん」
「ん。甘いけど最後に塩気が効いて飽きない旨さだ。食感が色々変わって面白いし食べ応えもあるな」
ダルドワーズがポリポリ齧っているのは、砂糖と蜂蜜、ほんの少しのバターをコトコト煮詰めて作ったトフィーを砕いたナッツとドライフルーツに絡めて冷やし固めた特製ナッツバー。仕上げに振った塩が味の決め手だ。
「じゃあ、こっちはどう?」
「ん。サクサクしててナッツが香ばしくて旨い。ベタベタしなくて食べやすいし、腹持ちも良さそうだ」
こちらはローストしたナッツとキャラメルをクッキー生地で挟んで焼き、棒状に切ったもの。キャラメルには生クリームも加えて柔らかめに仕上げることで、冷めた後でもナッツとクッキーが分離するのを防いでいる。
「最後はこれね」
「ん。生地が薄くてパサついてないから食べやすい。中のジャムも酸味あって良いな。旨い」
バターに加えてラードも練り込んだ、薄いけれど歯応えのある生地に酸味のある野菜のジャムを挟んで焼き上げたペイストリー。
試作品がどれも満足のいく出来だったと喜色満面のマドレーヌと、何の疑問も持たず請われるがままに口を開いて受け入れるダルドワーズの様子を同じ室内で見ていたコメルシー男爵は、のんびり紅茶を飲む夫人にそっと耳打ちする。
「マリー。我々は一体、何を見せられているんだろうか」
幼い頃からの付き合いで、今は義理の兄妹。しかし年頃を迎えた男女には適切な距離感というものがあるはずだ。手作り菓子を義兄の口元まで運んでちまちま食べさせる養娘と、実親の前だというのに照れもせず積極的に感想を伝える息子に、やましい感情があるとは思えないけれども。
「ほほ、兄妹仲の良いこと。あの子達は昔から仲良しですものねぇ」
「うむ。そう、だが…」
サロンで知り合ったご夫人の家に母娘2人でお邪魔したかと思えば、帰って来るなりお菓子作りの許可をお願いしに来た。砂糖を大量に使うことにやたらと罪悪感を抱くマドレーヌのお手製菓子は養父でも滅多にありつけない貴重な代物。それを何処の馬の骨に渡すつもりかと心の中は荒れ狂ったが、遠征用携帯食の試作と聞いてガクッと力が抜けた。この時ほど不動なる表情筋に感謝したことはない。お陰で愛娘の前で威厳を保てたのだから。
「今日、クーク夫人のお邸にお邪魔したでしょう?」
心底楽しそうな声に、男爵は妻に向き直る。
「マドレーヌったら、以前から手紙で携帯食のことを相談していたみたいなの。その話の流れでね、ダルドワーズから聞いた東の砦のことをついお話しちゃっててねえ」
「…クーク夫人に?」
「ええ、クーク夫人によ。これできっと食事の待遇も改善されるわね」
妻はマドレーヌ様様だと笑うが、男爵の背に冷たいものが走る。クーク夫人は辺境伯家と並ぶ武門の家に生まれた家付き娘で、彼女の夫は軍人の最高位である元帥の称号を賜った軍の重鎮だ。第一線からは退いたが救国の英雄としての影響力は未だ衰えない。そして愛妻家である。
「マドレーヌは、夫人の家のことは?」
「知らせないで欲しいと夫人から前もってお願いされているのよ。ダルのこともあるでしょう?変に気を遣われたくないのだそうよ」
「そうか…」
ダルドワーズにも口止めしておく必要がありそうだ。いや、そもそも息子も義妹が軍上層部に待遇の酷さをリークしたと知れば恐慌状態に陥るだろう。どうやって双方に平和的に納得させるか、男爵は頭をフル回転させる。
「お養父様もお養母様も食べてみて?クーク夫人からアドバイスをいただいたら、すごくおいしく出来上がったの」
「あら。あなたがお好きな娘のお手製菓子よ?難しいことは考えたってどうしようもないわ。いただきましょう」
養娘と妻の弾むような声と笑顔を前に、コメルシー男爵は考えるのを止めた。




