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マドレーヌ13歳、秋。~恋バナがしたい~

「今日も素敵だったわ。剣を揮う時の勇ましさったら!一瞬だけれど目も合ったのよ!」


「あら、今日は良い日ね。わたくしのあの方も、どなたにも丁寧に対応されて。誠実なお方って素敵よね」


「聞いて聞いて!わたしもね」


 女学院生が集まって、きゃあきゃあ盛り上がる話の筆頭といえば恋愛話、いわゆる恋バナである。


 貴族や富裕層の子女という身分から自由に恋愛ができる訳ではないけれど、王立学院には家格でいえばそこそこ釣り合いの取れる人間が揃っているため、在学中に相手を見つける家も少なくないらしい。もしも家格やら派閥やらで問題があるとしても想うのは自由だし、恋に恋したい年頃の彼ら彼女らだ。周囲に反対されればされるほど盛り上がる恋の法則は親も重々承知。

 というわけで、度を越さない限りは咎められないと子の方も知っているし、掛け値なく見定めなければならない伴侶と違って気軽に“推せる”相手は娯楽、息抜きみたいなものだ。

 そのため人気のある教師や学院生には非公式ながらファンクラブが組織され、抜け駆け禁止の堅い掟があるとかないとか。


 *****


「今日はやけに元気がないねぇ。どうかしたの?」


 放課後。モヤモヤした思いを抱えて補習を受けていたマドレーヌの顔をスュトラッチ先生はずぃっと無遠慮に覗き込む。


「恋バナです。恋バナをしたいなって」


「おや、想い人がいるとは初耳。ちょっとお兄ちゃんに言ってごらん?悪いようにはしないから。たぶん」


「その言い方だと悪いように()()しないですよね?……そうじゃなくて、恋バナをするには恋する相手が必要でしょ?その相手がぜんぜん、まったく、これっぽっちも思い浮かばな過ぎて。これは女子としてどうなのかなと思いまして」


 “お兄さま”より“お兄ちゃん”の方がしっくり来たらしく、スュトラッチ先生は最近、隙あらば呼ばせようとしてくる。もはや恒例になりつつある兄妹ネタはスルーした。面倒だし。


「それは……。きみはまだ、ほら、若いし?」


 見なくても声音で解る憐憫の眼差し。恋愛弱者に対する恋愛上級者の慰めにもならない慰めだ。遠い昔にも味わった経験がある。とてもある。まさか今世でも味わう羽目になるとは。スュトラッチ先生、お前もか。


「でもでも、わたしも13歳ですよ?一人や二人、恋焦がれる相手がいてもいい年齢(とし)じゃないですか」


「ぼくに言われても…。うーん、とりあえずぼk」


「スュトラッチ先生はご遠慮申し上げます、とりあえずでも」


「ふられちゃった。おかしーなぁ?」


「先生は“お兄ちゃん”でしょう?」


「あ、そうだった。うん、“お兄ちゃん”って響きがいいね」


 ダラダラくだらないことを喋りつつも手はしっかり動いている。スュトラッチ先生から課されたずっしり重たい長文の書き取り・発声訓練の成果はきちんと出ているようだ。


「できました」


「あれだけ喋りながら、器用だねぇ。――はい、よくできました。後はこの中の言い回しを思い出せば大抵の場面で応用できるはずだよ」


「ありがとうございます。わざわざ物語形式で作っていただいて。本当に面白くて、じっくり読み込んじゃいました」


 スュトラッチ先生との補習授業はまず、マドレーヌの王国語の問題点を洗い出すことから始まった。王国では身分に応じて少しずつ言い回しや単語などが変化する。マドレーヌの場合、そこがごちゃ混ぜになっていたのが混乱の原因だったらしい。


 王国における階級は、


 王族と公爵家(ロイヤル)

 伯爵家と侯爵家(ノーブル・クール)

 子爵家と男爵家(ノーブル・クーラント)

 知識階級(シヴィル)

 平民(バルバル)


 に大別され、男爵令嬢となったマドレーヌが身につけるべきはノーブル・クーラントに相応しい言葉遣いだ。シヴィルからならまだしも、村娘から俄か造りでご令嬢になった身では殆どイチからやり直しとなる。寧ろ、同じ意味合いのよく似た単語を知っている分、初めて習う言語よりもタチが悪い。


 そこで、スュトラッチ先生が日常のよくあるシチュエーションをふんだんに盛り込んだストーリー仕立ての参考資料を作ってくれたのだ。書いて覚えろ・読んで覚えろ、といつもの柔らかな笑顔で渡された紙束は辞書ほどもあり、あの時ほどスュトラッチ先生にSっ気を感じたことはない。


「お役に立てて何より。次はそうだなぁ、恋文の指南でもしようか?」


「相手もいないのにですか?」


「相手ができてからじゃあ遅いでしょう?」


 それもそうか、と納得しかけたのは一瞬だけで、現実の恐ろしさが甘い考えを押し流す。


「謹んで辞退致します。先生のファンに刺されちゃいそうなので」


 ランチで隣り合っただけであの敵意だ。指南とはいえ恋文などやり取りしたらと考えただけでぞっとする。勘違いで刺されたら堪らない。


「まさか。刺されるのはぼくの方かもよ?」


「え。先生、オフィスラブですか?痴情の絡れ?実は前科もちとか?」


「違います。ぼくは身綺麗な完全フリーです。前科は…うーん、黙秘します」


「あはは。あやしー」


 抑えた声で屈託なく笑うマドレーヌに、スュトラッチ先生は苦笑した。図書館の至るところで男女の別なく多くの人間が、それとなくこちらを窺っている。敵意や害意はないけれど聞き耳を立てたり息を潜めたり、随分とあからさまだがマドレーヌは気づかない。きっと注目されることに慣れているのだろう。それも、好意ばかりの視線に。


「きみは、ずいぶんと…」


 “愛されて育ったんだね”の一言が喉でつかえた。真綿で(くる)むように、優しいものだけに囲まれて慈しみ愛されて育った少女がとても目映く見えたから。


「努力しているからね。きっといい出会いがあるよ」


「だと良いですけど。―そうだ、先生?サロンで知り合ったご夫人がお家に呼んでくださって。その場合だと、だいたいこのあたりの会話を参考にすればいいんですよね?」


「そうだね。ここと、ここをよく憶えていくといいよ」


 擦り切れたと思っていた心にまだ他人を羨む程度には人らしい素地が残っていたことに、驚きと不安と心地よさが入り混じった。




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