モニカ13歳、秋。~Pay it forward/恩送り~
「素晴らしいわメッセン様!近いうちに我が家へ来ていただきたいのだけれどご都合はいかがかしら?」
カタリナ様から肖像画を受け取ったのは数日前のことでした。わたくしが思った通り、カタリナ様は絵画の女神に愛された方。なにしろモデルを長時間に亘って拘束しなくとも、遠目からお姿を見るだけで、これほどまで繊細な絵が描ける才をお持ちなのですから。
わたくしは約束していた謝礼を渡しながらカタリナ様の予定を訊ねます。掌3つ分から少し余るくらいの素木の箱にリボンをかけてメッセージカードを添えただけの素っ気ないものですが、これはカタリナ様のご希望によるもの。ご家族に内緒の贈り物ですので仕方ありません。
「ほんとうに、このような素晴らしい品を?本当に頂戴して宜しいのですか?!なんてッなんて!!ありがとうございます!
――あッ、えと、わたくしには予定なんてありませんので何時でも大丈夫です」
カタリナ様は画材を手に小躍りしそうなほど喜んでおられますが、デビュタントを翌年に控えた今は保護者に伴われてお茶会や展覧会など昼の社交に勤しむ時期です。それも伝統貴族と婚姻しろというなら尚更、ご縁ができる機会を逃す手はありませんもの。けれど矢張りカタリナ様は昼用のドレスもワンピースも新調する予定はないそうで、彼女のお父様のお考えが測りかねます。
「でしたら次のお休みの日に。ああ、お友達ですので、カタリナ様とお呼びしても宜しいかしら?わたくしのことはモニカと」
一瞬を切り取ったような躍動感のある肖像画はこれまで例がなく、世に出せばたちどころに話題となるでしょう。カタリナ様を欲する者たちが先を争ってメッセン家に押し寄せた時。或いは彼女の筆を断つべく誰かが画策した時。その時に彼女の父は防波堤になってくれるか?その答えは火を見るよりも明らかです。
「おおおおともだちだなんて恐れ多いです!」
「我が家へ来ていただくのですもの、お友達としてご招待するのが自然ですわ」
両親に相談を致しましたところ、一度コシチェ家にカタリナ様を招くようにアドバイスをされたのです。本人の要望を聞いた上で専門家に尋ねてみるように、と。
ストーリーはこうです。わたくしがお誘いした“友人とのお茶会”の日、たまたま“絵画の購入のことで”コシチェ家に呼ばれた法律家も同席してカタリナ様の将来に向けて、より良い手段を相談する。ちなみにカタリナ様には当日まで内緒です。嘘が下手そうですからね。
「はいぃ…。よろしくお願いします。えっと、モニカ様」
「こちらこそ。カタリナ様やお付きの方の、お好きなもの、お嫌いなものもお教えくださいましね」
本人に直接訊ねるのは不躾だけれど急拵えの友人なのだから背に腹はかえられません。主人の好みを知り尽くしている側仕えに不審を抱かれては一巻の終わりなのですから。
「わたくしは特に…、好きなものも嫌いなものもございません。それに、供も付けられないと思いますので、お気遣いなく」
「え?」
「割り込むご無礼をお許しくださいメッセン様。当日はお一人でいらっしゃる、ということでしょうか」
理解が追いつかず固まってしまったわたくしに代わり、側で事の推移を見守っていたジョンがそう問うとカタリナ様は恥ずかしそうにこくりと頷かれます。
「コシチェ邸まではどのような手段でいらっしゃる予定か、お聞きしても?」
「乗合馬車を乗り継いで、行くことになるかと思います。以前もそうでしたので……。ああ、これではコシチェ家の方々のご迷惑となりますよね、有難いお申し出ですがご遠慮申し上げたく…」
カタリナ様は俯き、手を固く握り締めます。羞恥のためでしょう首元まで朱色に染まり、声は震えていました。
学院への往復ならともかく、貴族家に訪問するなら最低でも貸馬車に乗せて送り出すのが常識です。もし財政が苦しいとしても、です。決して見栄や体面のためだけではありません。貴族の子女が一人で出歩くのは、犯罪に巻き込まれる可能性の高い危険極まりない行為なのです。誰かの家に招かれた道中で万が一のことが起これば、招いた家も責任を問われかねません。だから皆、不要な諍いの種を撒かないように配慮するのです。それに、最低限のマナーすら疎かにするということは「貴方の家にはそこまでする価値はない」と公言するのと同意ですから。
「いいえ。カタリナ様には是非ともコシチェ家に来ていただきたいのです。ねえ、お願いです。わたくしの我儘にお付き合い頂けませんか?」
ああ。カタリナ様はこうして諦めてきた、いいえ、諦めるより他なく、生きてきたのです。かつてのわたくしがそうだったように。
ですが、わたくしは既に知っています。ほんの少しの勇気と周囲の力添えがあれば、諦めずに済むことも多いのだと。
マドレーヌ様。貴女に頂いたご恩は深く大きく、とてもお返しできそうもありません。けれど、貴女に貰った勇気の一欠片なら、他の人にお渡しできるのではないかと、そう思うのです。




