マドレーヌ13歳、秋。~知は力なり(物理的な意味で)~
さて。入学式から1ヶ月が経ち、お茶会やダンスなど2時限ぶっ通しで行われる実技の授業も始まった。長丁場のうえ村娘から貴族になったばかりで親しい人間の少ないマドレーヌは完全アウェーからのスタートである。誰と一緒になってもいいように会話の糸口を確保しておかなくては。
と言うことで、算術のセンセイの後は図書館へ直行。地理をしっかり頭に入れて各地の名産品を覚えることにした。共通の話題、これ大事。
「多分この辺に分布境界線があるのね」
ずっしり重い王国地理の叢書には地質や動植物の分布、降水量の多寡なども書かれており、なかなかに興味深い。だだっ広い王国の南方は雨も多く気候も温暖だそうなので、もしかしたら米や大豆に似た植物が見つかるかもしれない。日本人の心の味“白いごはんにお味噌汁“への希望の光が朧気ながら見えてきた!心の中でガッツポーズを決めたマドレーヌの鼻腔を噎せ返るほど強烈な花の甘い香と野獣の匂いが貫く。
――夜会でもあるまいし、こんな強い香水をつけてくるなんて馬鹿じゃないの!
自然の中でのびのび育ったせいか、マドレーヌはやたら鼻がいい。だから強い香水や化粧品の匂いには敏感過ぎるほどに敏感だ。今も鼻が曲がるような悪臭に眩暈と怒りを覚えている。何故ならそれが段々と近づいてくるのだから。
絶 許 案 件
「ねえ君、噂の新入生だろう?勉強ばっかりじゃなくてさぉあーーッ!!!」
「きゃあ!なんてことッ!本がっ!」
香水の主が傍に立ったタイミングでテーブルに積んでいた本にうっかり手が当たってしまい、ずしりと重い本がチャラそうな男の足にドスンとクリーンヒット。男は伸ばした手を宙に泳がせた後、悲鳴をあげて床に蹲った。
「大丈夫ですか?お怪我は?」
騒ぎを聞きつけてやって来たのは栗色の髪に黒縁眼鏡の青年で、とってつけたような心配の表情に忍び笑いが漏れている。
「いいえ、わたしは。でも…」
「良かった。さぞかし驚かれたことでしょう、こちらで少しお休みになってください。――ああ、済まないけれど後は任せたよ。私は彼女を奥で休ませるから」
青年は他の図書館員を呼ぶとマドレーヌにそっと手を差し伸べた。黒い綿パンツに皺の寄った生成りのシャツ。袖口には糊が乾いて固まっている。身なりこそ簡素だが他人に命じ慣れている様子や優雅な仕草から家柄の良さが察せられる。
「ああ、なんてご親切なお方。お言葉に甘えさせていただきます」
「ええ、そうなさってください。……まったく、こんな乱暴な真似をするなんて。レディがご無事だからよかったものの少し間違えれば…」
マドレーヌを支えるように歩きながら、青年は聞こえないようで聞こえる絶妙な声量で、思わずというように呟いた。




