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マドレーヌ13歳、秋。~自称・兄ができました〜

 王立学院の図書館はさながら歌劇場のように豪奢だ。緩やかな曲線を描く建物の壁一面に書架が配置され、上部には手摺をぐるりと廻した廊下が五層。それらは(さなが)ら劇場のボックス席の如く優美な(しつら)えがされている。広々としたフロアは司書の居るカウンターのほかは図書閲覧用のテーブルが整然と並び、天井に大きな一枚ガラスを、四方に白を基調としたステンドグラスを配することで外光を巧みに取り入れている。


「あの子、やっぱりまた来てるな」

「放課後になると毎日いるらしい」

「連れも居ないようだし」

「ちょっと声を掛けてみようぜ」


 図書館の隅。目立たない場所を選んで陣取り、マドレーヌは静かに本のページを捲る。性格はどうあれ外見だけは華奢な美少女で通るマドレーヌである。小波(さざなみ)程度の噂話はやがて大波となり、ここ数日は“図書館に天使がいる”と聞きつけた興味本位の学院生達も集まるようになっていた。


「ちょっといいかな?」


「あら。スュトラッチ先生、ご機嫌よう」


 そんな彼らなど眼中にもないとばかりに読書に熱中するマドレーヌにツカツカ歩み寄り、さも親しげに話しかけたのはスュトラッチ先生。王立学院で知らない者はいないイケメンエリートだ。


「きみのことでデピス先生から相談を受けてね」


 デピス先生は王国語の教師で、マドレーヌの惨状をよくご存じだ。教員はビギナーコースの校舎2階に1人1室ずつ部屋が与えられ、研究分野ごとにまとまって配置されると聞いている。語学系教師の間であの悲惨な成績が周知されているのなら随分と非道な話だ。顔色を無くしたマドレーヌの頭をスュトラッチ先生がポンポン撫でる。


「デピス先生からは教え方の相談を受けただけだよ。で、ぼくが補習するって名乗りを上げたんだ」


「えええ……、先生の貴重なお時間を頂戴するだなんて申し訳ないです」


「実を言えば、デピス先生を口実に教員室から逃げて来たんだよね。それに、下の子の勉強をみてやるってシチュエーションにも憧れてたし」


 まったく自身に興味のないマドレーヌは他の女学院生除けに打ってつけと思ったらしい。中庭での邂逅の後からスュトラッチ先生は本格的にマドレーヌを妹扱いするようになった。と言っても、放課後に会った時にだけ少し砕けた口調で話し掛けてきたり、明言こそしないが“父の隠し子”と勘違いさせる言動を取る程度で、噂にもなっていなければ実害もまったくないので放置している。


「そういうことでしたら遠慮なく」


「うん。この前のお茶のお礼も兼ねて、基礎の基礎でも何でも質問して良いよ」


 追いかけ回されるのに心底疲れているのだろう、東屋で(うな)されていたことがあった。見るに見かねて精神疲労に効く薬草茶を麻袋に詰めて差し入れてやったのだが、思えばそれが懐かれた原因かもしれない。なにしろティーバッグは便利だ。


「ありがたいですけど、あのお茶、そんな大したものでもありませんよ?」


 原料は運動不足の解消も兼ねた遠乗りで採集した薬草だ。自分で採って、乾燥させて、ブレンドするから元手はタダ。その対価が一流の教育者からの特別補習とはリターンが多すぎる。


「おかげでゆっくり眠れるようになったんだから、これくらいさせてよ。じゃあ基礎から復習してみようか?」


 温和しくさえしていればお淑やかで可憐なご令嬢に擬態することなど造作もないマドレーヌと、王姉であった祖母の美貌をそっくり受け継いだスュトラッチ先生。並んで座る2人の睦まじい様子を見て割り入るのが無理と察したか、野次馬達は次々と図書館から退出していく。


「あぁ、引っ掛かっているのはこの辺かな。前置詞と定冠詞と、その縮約は慣れるしかないからねぇ」


「…ありがとうございます」


 流石にスュトラッチ先生が図書館に現れたのが偶然とは考えていない。少しずつ大きくなる男集団を追い払うために来たのだろう。けれど、名目はあくまで“出来の悪い学院生への補習”だ。だから、簡単なお礼だけを伝える。

 

「ううん。ぼくの家は親戚が少ないから、こういうの本当に楽しいんだ。だからね?もう少しだけ味わわせて」


 そう言うスュトラッチ先生の表情は、どこか哀しげだった。

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