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モニカ13歳、秋。~神絵師、発見~

「モニカ様、お体はもう平気ですか?」


 藍色の生地を白いレースで飾ったワンピース。後ろに流したゆるい三つ編みを白いリボンで留めていらっしゃる。はい、今日もマドレーヌ様は尊い。


「昨日は恐ろしい思いをさせてしまって申し訳ありません」


 女子にしては長身なわたくしと向かい合うと、小柄なマドレーヌ様が自然に上目遣いになるのもいと尊し。


「…モニカ」

「いいえ、わたくしこそご迷惑をお掛け致しましたこと、お許しくださいね。近ごろ読み始めた冒険物語のいっとうお気に入りの場面にそっくりだったもので。わたくし、とても驚いてしまいましたの」


 ジョンから小突かれ小声で促されて漸く我に返りました。危なかった。もう少しでご令嬢の仮面が外れるところでしたわ。


「まあ、そうでしたの」


 目をまあるくして、にこにこ楽しそうに笑ってる顔はもはや尊すぎてしんどい。あー可愛い可愛い可愛い可愛いかわ


「…手紙」

「コメルシー卿にもご迷惑をおかけしました。丁寧なお手紙まで頂戴して、ありがとうございます」


 そうそう。お義兄(にい)様からコシチェ家宛に、お見舞いの手紙が届いたらしいのです。わたくしは脳内に焼き付けた記憶を反芻するのに忙しくて読んでおりませんけれど、あのように荒々しい御仁ですのに、紳士らしい気遣いに溢れた手紙だと義父は言っておりました。軍人に良い思い出はありませんが、マドレーヌ様のお義兄様なのだから、きっと良い方なのでしょう。気を失ったわたくしを馬車まで抱えて運んでくださった際も、まずは許可なく触れたことを我が家の御者に謝り、それから状況を詳しく説明したのだそうです。わたくしが倒れた後、脈拍や呼吸はマドレーヌ様が!御自ら!確かめて!大事ないと判断しました、と仰るなど淑女(レディ)への充分なお気遣いをいただきました、とはその御者の言。


「モニカ様が怖い夢を見たらどうしよう、と義兄(あに)が心配していましたから、お元気でしたと伝えますね」


「そうしてくださいまし。怖い夢なんてちっとも見ませんでしたわ。そう、まるで物語の中に入ったような素晴らしい夢でした」


 マドレーヌ様が倒れたわたくしの手を取り、口元にお顔を近づけて呼吸も確かめてくださったのなら、これは実質、くくくく口付けではありませんか!!!そう思い至った時の悦びと言ったら、語り尽くせるものではありません。今思い返しても胸の高鳴りが止まないのですから。


「ふふ、とても素敵な夢だったのですね。ではモニカ様、ジョン様。また後ほど」


「ええ。後ほどまたお会いしましょう」


「お二人共、また2時限目の授業で」


 1時限目。マドレーヌ様は刺繍、わたくしは絵画、ジョンは経営学と受ける授業が異なります。マドレーヌ様と離れるのは実に残念だけれど、ずっと一緒では心がもたないのですから、致し方ありません。


「えっ?」


 2人と別れて教室に向かえば、キャンバスに木炭を走らせる音がしました。薄茶髪の女学院生が、まだ授業前だというのに廊下に背を向けて一心不乱に描いているではありませんか。絵画の授業は元より不人気な上、画材で服が汚れるので女学院生は少ないのです。だから彼女が誰なのかは一目で分かりました。でも、わたくしが驚いたのは彼女ではなく、彼女が描いている絵なのです。


 みずみずしい生命力。ダイナミックな躍動感。凛々しくも可憐で繊細な表情。


 ああ、なんて素晴らしい!これこそわたくしが求めていたものなのだわ!わたくしは天啓を得たのです!!




「ご機嫌ようメッセン様」


「ひゃぁッ?!!コ、コシチェ様!」


「落ち着いてくださいませ。服が汚れてしまいますわ」


 彼女は慌てて立ち上がると、がばりとキャンバスに覆いかぶさりました。エプロンを着ているとはいえ袖が黒く汚れてしまうでしょうに、よほど見られたくないのでしょう。まぁ、お気持ちはわかり過ぎるほどわかりますが。


「お上手ですのね。まるで生きているようですわ」


「ああああああ、あ、あ、あのこれは!!!」


「マドレーヌ様でしょう?」


「ひょえええええ!!!」


 パキッと硬直したかと思ったら真っ青になって悲鳴をあげます。何この生き物すっごい面白い――じゃなくて。


「ご安心くださいませ、マドレーヌ様には内緒に致しますわ。メッセン様は女性画家を目指していらっしゃるのですか?」


「いいいいえ。うちは法服貴族ですので、その、領地をお持ちの皆様と比べて少々家格が落ちます。ですので、父からは伝統貴族の方とご縁を結ぶよう言われているのですが…、女子供の手(すさ)びにばかり熱心だと叱られてばかりで」


 カタリナ・メッセン。

 メッセン男爵は、先の代で三代続けて上級官僚に就いたことで授爵した、領地を持たない貴族でしたわね。法服貴族は蓄財に長けた方も多いと聞きますから、ゆくゆくはメッセン様もそれを携えて伝統貴族家に嫁ぐのでしょう。


 そこまで考えて、わたくしは少し不思議に思いました。メッセン様は王国に一番多い薄茶色の髪と瞳で、お顔にも薄茶色のそばかすがあるご令嬢です。髪や瞳の色はさておき、王国の貴族は一般に、シミひとつない白く澄んだ肌の女性が好まれます。ですから、小指の先ほどの小さなほくろであっても、お顔にあれば化粧で隠すご令嬢が多いのです。ですがメッセン様は素顔のまま。伝統貴族家に嫁がせようとするならば、そばかすを消さずに外出させるなど、到底あり得ないのです。と、なると、自ずと事情が察せられるというもの。


「これほどお上手ですのに、残念なことですわ」


「お恥ずかしながらうちは余裕があまりなく…。学院を卒業しましたら画材に触れることもないと思い、つい、心に浮かんだものを、心のままに描きたいと思ってしまったのです」


 わかるわー。マドレーヌ様を描きたい気持ちはわかりみしかないわー。しかも超レアな乗馬服姿なんてトキメキしかないわー。


 ともあれ。メッセン様ほどの画力を持つ方に筆を折らせるだなんて国家の損失。社会的な罪です。ですから、わたくし決めました。


「メッセン様。貴女様の才能を、わたくしに預けてくださいませんか?」



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