ポルミエ・コメルシー57歳、秋。~子育ての悩みは尽きない~
「ダルドワーズの奴、今回は何をどうした?」
重要案件の処理や招待状の返信など細々とした仕事を終わらせて談話室の扉を開けたコメルシー男爵は、暫しの沈黙の後、椅子に身を預けてのんびりお茶を飲む妻に問うた。
彼の眼前には、お気に入りの椅子に腰掛けながらペンを片手にうんうん唸り、難しい顔で首を傾げている息子の姿。これは学院生時代から軍属になった現在まで、事あるごとに課せられる反省文の類かと思いきや、どうも雰囲気がいつもと異なる。
「親父、母さん、ちょっと見て欲しいんだけど」
そう言って息子から渡されたのは反省文ではなく手紙の下書きらしい。ご令嬢の実家に送るものか、息子にも良い出会いがあったのだなと思いながら読み進めた男爵は絶句した。
「念のため聞くが、……これは?」
「今日の剣術指南、マディの友達も見学に来てたんだが荒事なんて縁のないご令嬢だろう?最後には気絶しちまって。迎えの馬車まで運んだ時に口頭で詫びたけど、家の方にも見舞いの手紙を出したほうが良いかなって」
実際は呼吸も瞬きもしないでマドレーヌの勇姿を脳裏に焼き付けていたモニカの自業自得なのだが、勿論コメルシー家では知る由もない。
「うむ。口頭での謝罪の後に手紙という手段は実に正しい。正しいが…、ダルドワーズ」
眉間に大渓谷を築く男爵の姿を見た夫人も横から手紙を覗き込み、思わず声を上げて笑った。
「問題の発生状況!反省点!今後の改善点!この内容はどうみても始末書だ。見舞いの手紙ならまずは相手の安否や心情を気遣うのが筋だろう」
「親御さんだって当時の状況がわかった方が安心するだろ!今後の対策だってすると言えば尚更!」
「上官に提出するなら正解だが!今回はお若いご令嬢の体調を気遣うものだ。お前に美辞麗句など端から求めておらんが少しは社交辞令も学べ!」
「あらあら、まあまあ。2人とも落ち着いて。ダル、頂いたお見舞いの手紙を持ってくるから参考になさい」
「わたしお茶淹れるわ。気分がすっきりするお茶よ。お養父様もお飲みになるでしょう?」
険悪な空気を察して取り成す妻と養娘の声に昂る心を鎮め、男爵は椅子に腰を下ろした。そしてお茶を一口啜り、思う。
――どうしてここまで朴念仁に育ったかなぁ。
ダルドワーズは王国軍で頭角を現し異例の大出世を果たした注目株で、一時は武門の家からの縁談が引きも切らないほどだった。しかし、顔合わせの席で生来の無愛想と戦場にいるのかな?と錯覚させる謎の威圧感を大いに発揮して、お相手のご令嬢に泣かれたり怯えられたりで断られまくった過去がある。今では本人の意思に任せているが、慶事の気配は全くない。
「だってあなた、ダルドワーズが学院生の頃から野心家の女の子を悉く排除してきたじゃありませんか。善し悪しは別として、そういう女の子の方が色々と長けているものですよ」
「うむぅッ…」
男爵は吹き出しかけたお茶を慌てて飲み込んだ。強面で口数の少ない彼は周囲に誤解されやすいが、実は息子にも相当に甘い。言い寄るご令嬢達の身辺や背後関係を丹念に調べ上げ、彼らの身に余る野望と身代を着実に確実に潰えさせる程度には。
「すまない。育て方を間違えた、かも知れん」
子供の一人や二人居てもおかしくない年頃の男が女性への手紙の書き方一つ知らず、それどころか真っ当な接し方も出来るかどうか怪しいところだ。今回は昔から可愛がっている妹分の友人ということで珍しく気が回ったようだが。
「いいえ。母としても不幸になるとわかりきった結婚なんてして欲しくはありませんもの。あなたは子供想いの、素晴らしい父親ですわ」
妻のマリーに優しく微笑まれ、男爵は遠い過去のご令嬢達を思い出す。自家の軍で抱えて他領を脅かそうとする者。愛人付きで嫁ぎ男爵家を乗っ取ろうとする者。敵国と通じてダルドワーズを亡き者にしようと企む者まで居た。どいつもこいつも碌でもない連中ばかりだったが、その過程で有能な家人や部下を泥舟から引き抜けたのは幸いだった。そう、男爵も商人であり、貴族なのだ。
「まぁ、わたくしはマドレーヌが養娘じゃなくって義娘になっても構いませんよ」
穏やかな妻の言葉に、今度こそ男爵は盛大に咽せた。




