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ポルックス・テュンダ24歳、夏。~裏切り者〜

「!!止まれ!」

「総員、配備につけ!」


 歩くような速さで目的地に向かう一行は風に乗って聞こえる複数の靴音に進みを止めた。乱れを知らぬ重い足音は相当の訓練がされた手練の証。皮膚の破れそうなほど張り詰めた緊張感の中、国を救う使命を負うた若者達は銘々武器を手に荷車と馬車を背に、敵方の襲来に備える。

 それと同時か僅かに速く。別命を帯びた者達は短剣を素早く抜くとギラリと光る切っ先を喉元に突きつけた。


「動くな!」

「お前ら何をしてる?!!」



 怒鳴り声も震える声も、その主はしかし、短剣を突きつけられた方ではない。四方八方囲まれた刀身に映るその顔には、いつもの剽軽さはないけれど、酷く落ち着き払っていた。


「観念しろ」

「止めろ!逃げてください!」


「「カリソン少佐!!」」



 *****


「移送隊には囮になって貰う」


 近衛隊の長は人名を書き連ねた紙をポルックスに手渡すと、卓上に広げた地図にプツプツとピンを打つ。王都から離れるに従いピンの間隔が狭くなり、その総数は、渡された一覧表にある数と丁度同じ。


「ここの何処かの場所で、襲撃を受ける公算が高い」


 紙に名のある者こそが東国の内通者と疑われる人物で、彼らに渡す旅程図にはそれぞれ異なる場所に警備の穴を作っておき、どの地点で襲撃するかで犯人を炙り出す。それが今回の作戦だ。

 国防大臣から容疑者の洗い出しを一任された近衛隊の隊長は、家格や功績や普段の勤務態度や親交の深さといった先入観を抜きに、怪しい者ならば喩え大臣であっても報告するようポルックスに命じていた。隊長はポルックスにその任務を与えた際、ポルックスの特殊な眼もあるが、何よりも「東国サンクロワと組む利が皆無な立場」であるからだと、はっきり言い放った。そして自身も、同じことを国防大臣に告げられた、とも。

 誰が内通者かと疑えば(きり)がない。ならば、より可能性の低い者で、更に深く広い交友関係を持つ者を絞り込んだ結果が、偶々、近衛隊の隊長だったのだと。その上で、「容疑者は、決して公言せぬように」念を押されたという。それくらい、大臣は慎重に事に当たった。その結果、炙り出された内通者は――。


「俄には信じ難いが、ここに現れたという事は。間違いないようだな。カリソン少―――」


「ちょーっと!待って待って待って!」

「なッ――?!!」


 武装し向かってくる一団と剣を構える移送隊の間、けたたましい轟音と共に巨大な黒い影が土煙を上げて立ち塞がった。人の背丈のゆうに倍以上はあるだろう、艷やかな漆黒の鬣をたなびかせる巨馬の背には、同じく黒いふさふさの毛の塊がちょこんと乗っている。丸みを帯びた耳、突き出た鼻、鋭く長い爪。それは……。



「くま?」

「熊…だな」

「仔熊かな?」

「仔熊…だな」

「馬、と、熊」

「熊と馬だな」


 不穏な空気はどこへやら、馬を挟んであっちとこっち、口々に似たような言葉が行ったり来たり。敵意も殺意も何もかもが一瞬にして吹き飛んだ。

 この、人を和ます独特の空気と、何の感情も見えない安心感に、心が疼き魂がグイッと惹きつけられる。


「マドレーヌ嬢?」


「お久しぶりですポルックス様」


 馬上からぶんぶん手を振る熊の顔の下、黒い毛皮に包まれた間から色鮮やかな髪が覗いている。印象的なピンク髪も、今まさに武力衝突が起きようとしているのにも関わらず落ち着き払った姿も、何もかもすべてが、彼女である証左だった。


「どうして此処に?」


「軟禁でストレスが溜まってるところに父さんに関する噂を聞いちゃった母さんが怒り心頭で()る気満々になっちゃってお城にカチコミかけるのをダル義兄さまがなんとか宥めて抑えてるところなので直属の部下であるカリソンさんにひとまず釈明をお願いしたいです。ちょっとの間、お借りできますか?」


「情報量が多いなぁ」


 ひと息で淡々と言い切った内容は徹頭徹尾どこもかしこも引っ掛かるもので、一つひとつ咀嚼して飲み込むのに難儀した。そうこうしている間にカリソンを囲む連中がざわつき始める。


「早く剣を下ろせ!カリソンなんて貸してやれって!減るもんじゃねーし!」

「貴殿らは何を言っている!この者は」

「そりゃあこっちのセリフだ!」

「そっちの事情は知らんけど革命(コト)が起きてからじゃ遅いんだぞ!!」


 短剣を向けられたカリソンよりも、移送隊の面々の方が生命と王国の危機をひしひし感じて怯えている。

 事情をよく知る村人兼軍人にしてみれば、肉体言語で解決を試みる覇王が怒りに任せて国王(トップ)の首を狙っていると突然告げられたのだから無理もないが、あまりの恐れっぷりに対峙する一団にも動揺が広がる始末。


「あの、それは、どういう…?」

「おー!親衛隊の面々もお揃いか。頼れる援軍が合流して道中がより楽になるな」


 全速力で疾走する灰色の馬の爪音よりも高らかに声を響かせ、迫りくるは褐色の巨体。なぜか上半身裸の、ダダール・グルンであった。


「ダダールさん?!」


「やっと追いついた。矢張り速いな、黒雷は」


「あれー?上着はどうしたの?」


「執務室から逃げる際に椅子に掛けて来た。ウツセミの術、というんだったか」


 馬で駆け付けた部外者の呑気な様子に、両軍ともまったくもって事情が飲み込めない。しかも新たに来たのが総指揮官クラスの人間ということで誰の指示に従って良いのか判断に困り動けない者もいる中で、ちょいちょい言葉を挟むが男共には華麗にスルーされているポルックスは、事態収集のため、めげずに口を開いた。


「あの〜、親衛隊とは?」


「正式な名称は知らんので便宜的に呼称しているのだが。陛下が民意を識る為に目を掛け呼び寄せた者達と推測している」


「へー」


 熊の皮を被った少女はのんびりしたものだが、近衛隊ですら聞いたことのない最重要機密だ。ばっちり目があった異母兄(カストル)も、その他の連中も、揃ってぶんぶん首を横に振る。


「?カリソン、今日は随分と変わった趣向のようだが、どういう遊びだ?」


「……ダダールさんとは随分と長い付き合いになるが、今日ほど正気を疑った事はないな」


「ははは!伊達に悪童2人を部下に持って居ないだろう?」


「あーもう。全部バレてんならしゃーねえ」


「なる早でお願いしますねー」


「マドレーヌちゃんは何処へ?」


「父さんを迎えに行ってきます。置いてきちゃったから大変なことになってると思うので」


「そうか。気をつけて」


「はーい!熊の姿(コレ)、暖かいし寝やすいし野盗対策もできて安全性ばっちりですよー」


「えーっと……」


 来たときと同じくらい唐突に、あっという間に見えなくなる黒い塊を惰性で見送るその後に、乾いた風がザアっと吹いた。


「とりあえず合流していいか?」


「あ、ハイ」


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