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マドレーヌ14歳、夏。~東国の霊鳥〜

「ねえ、何かお話ししてよ」


 軟禁中は鍛錬も実験も料理も満足に出来ず、淑女らしい時間つぶしの代表格である刺繍やら描画やらの才能はからっきし。服を作ろうにも生地のストックはないし、出来ることと言ったら読書くらいだけれど、ヘルギによって頻繁に軟禁されているマドレーヌである。邸にある本はとっくに読破済み。せめて事前に通達してくれれば何か用意しておくのに、とついつい考えるくらいには軟禁慣れしている。それもどうかと思うけれど。


「うーん、そうだなあ」


 こちらも乳幼児の頃は寝かしつけ、成長してからは軟禁中の暇つぶしに、愛娘にねだられるまま、14歳までにスュトラッチ家で蓄えた膨大な知識を惜しみなく与えてしまっている。自身と同じ、一度見聞きすれば忘れない記憶力を持つ娘である。まだ語ったことのない、それでいて興味を唆る話題はあるか、と頭の隅々まで総浚いして再び脳内の書棚に整頓し直す。


「ああ、そうだ。ぼくの従兄(いとこ)が随分と気に入った物語があった。舞台はそう、古い古い時代の、東国でね」


 それは、ある賢帝の物語。

 その帝王は独裁者でなく、徳の高い人格者だった。ある時、帝王はより広く臣民の声を聞くため城の門前に太鼓を置いて、こう発布した。


「我が(まつりごと)に誤ちがあれば、誰でもこれを打ち鳴らし給え。我は何人(なんぴと)であろうと、その訴えに耳を傾けよう」


 けれど帝王の政治に一つの誤りもなかったために太鼓は一度も鳴らされることがなく、そのうちに太鼓には苔が蒸し、鳥の遊び場になってしまった。いつしかその鳥は、善政により世の中がうまく治まり天下泰平であることを示す象徴(シンボル)となった。


「へえ!」


 それは、祭りの山車でよく見かける、諫鼓鶏(かんこどり)の説話だ。前世で馴染み深い物語が遠い現世にもあると知り、心が踊る。


「城前の太鼓か、鳴らしてみたいな。いい音がしそうだ」


「ちょ、母さん」


「冗談、冗談。ちょっとばかり思っただけだ」


 ちょいちょい悪戯好きの本性を剥き出しにする母である。口ではそう言うが、もしもその場に居れば、夜闇に乗じてド派手に打ち鳴らすだろう。なんならエイトビートくらいは刻みそうだ。


「でも、なんで従兄さんにそんな話をしたの?」


「従兄は、まあ、いつもぼくに本を渡した後は一方的に喋って独りで納得するような人間なんだけれど、その時は自分の将来に迷っていてね」


 前王姉の息子であるヘルギ、当時はヘルゲート・スュトラッチの従兄といえば、現国王である。話し相手の名目で王宮に連れられて行ったヘルゲート少年に、当時の王子は、普段は言えない悩み事や愚痴なんかを吐き出していたらしい。王家所蔵の貴重書はその対価といったところか。近い親戚であり代々王家に仕える医家であり、それ以上に他人にも権力にも大して興味のないヘルゲートならば、余所で言い触らされる心配もない。壁に話すのに等しい、それでも壁ではないので偶には発言もする。それも、数多の書物から得た多方面にわたる知識に基づいた的確な言葉だ。相談役にはうってつけの、絶妙な人選である。


「それで、善政を敷いた賢帝の話をしたんだ」


「彼の家と家業は面倒でね。多角的な視点を持たなきゃいけないんだけど、ごく限られた、自分達と似た立場の人間としか接触できない。だったら太鼓は無理でも、よく鳴く鳥でも飼っておきなよって」


「国お……、従兄さんは何て?」


「ぼくに、その鳥になって欲しいって」


「え」


「もちろん即座に断ったけど」


「だよねー」


 ヘルギは基本的に私利私欲でしか動かない。何の権力もないただの愚痴聞き役なら良いが、たくさんの人間の人生を背負う国政に関わらせちゃいけない人間だ。当時の王子はさぞかしトチ狂……、精神的に追い詰められていたようだ。


「そしたら、それがどんな姿をしてるかって聞くから」


 優雅な手付きでサラリと書き上げたるは、大きな翼を孔雀のようにふわりと広げ、長い尾をはためかせる勇壮華麗な――前世では、神輿の上に鎮座する、鳳凰と呼ばれた鳥だった。




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