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仮面舞踏会 ~白い仮面の男〜

 優雅な管弦の調べに合わせ、シャンデリアの下、大輪の花々が咲き乱れる。敢えて燭台の数を減らした薄暗い会場に甘く妖しく香る月下香(チューベローズ)の白い花が映え、贅を尽くした宝飾品にも負けない艶やかな肌が視線を誘い、スロー・ワルツを踊る男女は体を寄せ合う。

 紳士淑女を大胆にさせるのは、落とした照明や濃密な香りばかりではない。目元だけを覆うだけの者も居れば、顔全体を隠す者、修道女が如く頭から首元でヴェールですっかり覆う者、装いはそれぞれだが、この場に居る人間は、誰も彼もが仮面を着用しているのだ。食事や飲み物が用意された続き間に用意された食器も調度品もすべて100年以上前のアンティークの品で統一され、普段はお仕着せ姿のメイドや和やかに談笑する人々の間を縫うように行き交う給仕も、神話の登場人物に準えた衣装や道化師の姿で興を添えている。


 今夜は仮面舞踏会。

 仮面という匿名性によって規範や作法といった抑圧から逸脱できる、秩序なき夜会。



 *****


猫の妖精(ケット・シー)が紛れ込んでいるな」


 酒神に仕える巫女の仮装をした給仕からシャンパンを受け取り、白い仮面の男は青年の方へ歩み寄ってきた。誰何(すいか)せず、身分も素性も明かさず。それが仮面舞踏会のマナーだ。それでも、近しい知り合いならば声や体つきや歩き方や、ちょっとした癖などから分かりそうなものだが、青年には男の素性に思い当たる節はなかった。だが、ビスク・ドールのように無表情な面には異国の鳥だろう黒く長い尾羽がたなびき、彼が裕福なことだけは判る。

 その彼が顔を向ける先には、流行遅れのデザインの白いドレスを纏った女。パートナーも付添人(レディズコンパニオン)も居ないのか、踊るでも談笑するでもなく人の波を掻き分けるように歩き回るが、頭はキョロキョロ、手はそわそわ動いて、傍目から見ても忙しない。輝く金の髪こそ美しいが、振る舞いは“若い”というよりも“幼い”といった方がしっくり来るだろう。常の夜会ならば会の品格を落とすとして主宰者に忌み嫌われる不調法だが、黙認されているのを見れば、こうした会では重宝するらしい。少なくとも、参加者にとっては、これ以下の振る舞いでなければ追い出されることはないという安心材料にはなろう。


「あれは、猫ではなく亡霊(レイス)だ」


「ははッ。違いない」


 白いドレスの女は男にチラチラと視線を送るも決して自分から声を掛けず、ただ、会場中をふらふらふらふら歩き回っている。哀れに思ったらしく数名の男が話し掛けたが二言三言交わしてその場から離れ、またふらふら。残された男達は肩を竦めて苦笑している。


「おっと。そのレイスがこちらに来るぞ」


 国が主催する公的な会ならいざ知らず、殆どの社交の場には正規の出席者に混じって仕込み客が居るものだ。彼らは主催者の求めに応じて場を盛り上げたり、提供される飲食物や身につけている品物を褒めたりするほか、迷惑客の誘導役も担う。言ってみれば、パーティを円滑に進行させるプロフェッショナルだ。


「ここの料理はすべて絶品だが、特にクリームが美味でしてね。スイーツはお好きでしょう?」


「そうね。甘いものが食べたいわ」


 白いドレスの女は青い仮面の男にエスコートされて続き間にやって来ると、どかりと椅子に座って青い仮面の男にあれこれ命じて料理やら飲み物やらを運ばせた。歩き疲れて腹が減ったらしく、小さめに仕立ててあるスイーツがてんこ盛りに盛られた皿を膝の上に置いて一心不乱に食べる姿に周囲から失笑が漏れ、次いで、誰かの差し金だろう、道化師が銀盆に目一杯、赤ワインのグラスを載せて現れた。


「この出逢いに」

「素晴らしき夜に」

「お可愛らしい妖精に」

「そのレトロなお衣装に」


 酒も入って開放的になったとみえ、若い男女は乾杯と称して白ドレスの女にグラスを渡し、次々と飲ませていく。彼らに悪意はない。滅多に見ない珍獣を、ただ皆で遊んで面白がっているだけだ。それだけに一層、タチが悪い。

 けれど、本人の意思はともかく、この程度の事で済んでいるだけマシである。この有様ならば生娘好きの男も寄っては来るまいし、青い仮面の男も巫女姿の給仕に耳打ちして指示を出しているから、おとなしく酔い潰れれば、少なくとも淑女の尊厳を踏み躙られることはないだろう。恥をかくだけで済むのは運が良い。


「まあ、ご覧になって?わたくし、生きた豚を見るのは初めてよ」


 だがこの醜態が気に食わない人間も、やはりいるもので。男女を従えた中心には高価なピンク色の染料で染め上げ刺繍やフリルをふんだんにあしらったドレス。同じ色の仮面で目元を隠し、高く結い上げた髪はピンクの羽と薔薇で飾られてあり、髪の色こそ王国で尊ばれるよりも少し褪せた金だが、さぞかし名のある家の貴婦人であろうと推察された。


「ええ、わたくしも初めて見ましたわ」

「わたくしも。話には聞いておりましたけれど、豚はほんとうになんでも口にするのですわね」


 クスクスと小さな嗤い声はピンクドレスの女を中心に、漣のように拡がっていく。さすがの白ドレスもそれに気づいたか、声の主に頭を向け勢いよく立ち上がった。それに伴い辺りにポロポロとタルトやパイの食べ滓を振り撒くものだから、密やかだった笑いは一瞬にして爆笑に変わる。


「なによ!なによ!」


 地団駄を踏んで周囲を見回しても、味方はいない。いる筈もない。この会の出席者は皆、大人ばかり。言い換えれば、出席している以上、大人と見做される。たとえ正規の招待客でなかったとしても、望んでここに居る以上、結論は変わらない。


「おやおや、怒ってはせっかくの美しい髪色が台無しだよ。いやあ、君のように輝かしい金を持てば、嫉妬もされよう」


 それまでワインを盛んに勧めていた男は一見すると宥めているが、言葉選びや口元に宿る悪意の笑みに、喧嘩をけしかけているのが丸わかり。周囲もその意図を正しく汲み取り、やいのやいの囃し立てる。連中はどうやらキャット・ファイトをご所望らしい。高貴なピンク猫に白い野良猫が噛み付くのを今か今かと待ち、もしも大ごとになれば素知らぬふりを決め込む算段だろう。


「これだからお貴族様は」


 ぼそり呟く男に、その言葉に宿る悪感情に、覚えがあった。


「まさか…」

「踊らないのかい?」


 青年の思考は、少しだけ掠れたハスキーな女の声に遮られた。

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