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メティヴィエ・キエフルシ27歳、夏。~鳥を呼ぶ笛〜

「ドレスとそれに合う宝飾品も、2人分、新調するわ」


 社交用のドレスに宝石に最高級のワインに食材に。これらは単なる浪費ではなく、キエフルシ公爵家の財政が安泰だと外に示すため。今まさに領地で起きている危機を気取られないようにするため。

 正直に言えば少しでも節約して蓄えておきたい気持ちは重々あるけれど、蝗害の解決策が見えない今、王国の食糧供給を司るキエフルシ家で発生している異変にもしも勘付かれれば、国が揺るぎかねない。領主である夫が、領民が、築いてくれた貴重な資金を生き金にするか死に金にするか、それはメティヴィエの采配一つにかかっている。


「それと。近く、観劇の予定も入れるわ」


 王家に嫁ぐ義妹は、公爵家嫡男である息子よりも更に敵が多い。年頃も家の格もこれ以上なく釣り合う彼女は野心家にとって邪魔な存在だ。儚くなれば、自ら辞退すれば、相応しくないと国が認めれば、などと考え強硬手段に出る可能性も高い。何しろ、被害はなかったとはいえ、不妊になる毒を盛る家が出るくらいだ。けれど、幾ら心配でも、家に籠らせておくわけにはいかない。やれ健康に難が、だの、やれ芸術を理解できない、だの、好き勝手に噂を立てる姿が目に浮かぶ。


 溜め息を吐きたくなるのを抑え、代わりに、息子から預かった鳥笛にそっと息を吹き込んだ。ピィ、と、明るくも哀しげな、細い音が響く。細い枝をくり抜いて作ったそれは、公爵家を狙う親族から買収された護衛に襲われた日に恩人から貰った、彼の大切なお守り。それを王都に残る母に貸してくれ、夫と息子は領地に向けて出立した。当初は夫のみが向かう予定だったのを、息子が直談判したのだ。


「あら…?」


 コツ、コツ、と窓を叩く小さな音に視線を向ければ、小さな青い鳥が止まっている。夫や息子の瞳と同じ鮮やかな青色の小鳥は、息子ルリジューズが鳥笛で呼んで庭で飼い慣らし始めた、彼の愛鳥だ。

 この笛の元は、成長して行動範囲が広がった双子の妹弟が山で迷ったり、疲れて動けなくなったり、崖から落ちたり、とにかく身の危険を感じたらすぐに吹いて居場所を知らせるように作ったものと聞いている。それが何の偶然か、鳥の鳴き声に似た音が出て仲間を呼び寄せるようになったと。


「おまえは、わたくしの味方で居てくれるのね」


 窓に近づいても、青い鳥は逃げもせず、まんまるな目をメティヴィエに向けている。

 思えば。まだ幼い子供だと思っていた息子は大人達の言動で色々な事情を理解して、最初は誰にも相談できずに悩んだ挙げ句、一人で行動することを選んだ。その次は、外に助けを求めた。そうして今は父母に真正面から向き合いしっかりと自身の意志を伝えられるようになった。


『父上、母上。ぼくはまだ子供ですが、キエフルシ家の次代を担う重責と栄誉を負う覚悟があります。どうか、領地に連れて行ってください』


 緊張を妊んだ声だったけれど青い瞳には力強い光が宿り、親の庇護を離れ一人飛び立とうとする雛鳥がまっすぐ空を見つめるのに、似ていた。ああ、もう、息子は幼子ではなかったのだと、ひしひしと思い知らされた。彼の成長に気付けなかったのは、ひとえに親の不甲斐なさゆえである。


『あ、でもお母様。ぼくはまだ子供だから、これからも一緒にお茶会に行ってくれる?』


 悔いを噛みしめる両親の心を知ってか知らずか、胸の前で手を合わせて上目遣い。ぱちぱち瞬きをする姿に、この技を教えたであろう人物の面影が重なった。

 どうやら、息子はまだ親を甘やかしてくれるらしい。


『勿論よ。おいで、わたくしの可愛い天使』


 日々少しずつ大きくなる息子を抱き締めれば、彼女の父が愛娘を“天使”と呼ぶ気持ちが、胸から愛おしさが溢れ出すのが、実感を伴って頭と心で理解できた。


 ―そういえば、あのとき。


 と同時に、胸のあたりにコツンと、硬い感触があったなと、思い出す。


「奥様、お支度の時間でございます」


「ええ。今行くわ」


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