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バンタル13歳、夏。~知ってるお前の、知らない顔〜

 華やかなれど決して艷麗でなく上品かつ愛らしく。

 能力や立場におごることなく常に思慮深く控えめで。

 贅沢や華美を嫌い、争いも対抗も厭い。

 質素を好み平和を愛し、人の心に寄り添い。

 礼節を重んじ、奉仕の心を決して忘れない。



 天使のような、否、まさに神が地上に遣われし天使。



 *****


「誰だよそいつ」


「誰って、マドレーヌちゃんよ」


「猿成分どこ行った?あの無尽蔵体力と人間離れした身体能力どこに消えた??」


「あのねえ。マドレーヌちゃんも、あなたと同じく貴族らしい立ち居振る舞いとか知識を蓄えるために王都に居たのよ?」


「そりゃあ、そうだろうけど。でも…」



 ―俺の知ってるマドレーヌは、王都(ここ)には居ないのか。



 久しぶりに暮らすことになった王都には、正直、良い思い出はない。

 父親が王国軍で着々と出世したために、男爵、子爵、そして伯爵の子息になった。けれど両親とも王国生まれなのに祖先が移民だったために、生粋の王国人からは蔑みや嘲りを、同じように移民の色を持つ人々からは嫉妬や裏切り者だと言わんばかりの敵意を、行く先々で向けられた。要するに、自分の居場所なんて何処にもなかった。

 日々大きくなる体と力と行き場のない怒りを持て余していた時。父親の部下に連れられて行った村で出会ったのがマドレーヌだった。あいつは、移民の子でも伯爵子息でもなく、ただの子供として扱ってくれた。

 それなのに。


「どうしたバンタル。何か足りないものでもあったか?」


「そうじゃないのよ」


 日課の鍛錬から帰ってきた父に、母はあらましを話して聞かせる。ついこの間まで一緒にはしゃいでいた幼馴染が王都では、心を隠して微笑み、称賛したのと同じ口で同じ相手を罵る、他のよくある貴族みたいに振る舞っていたのかと思えば、酷く苛ついた。


「まあ、マドレーヌちゃんは真面目だからな。その分、第三部隊(うち)の執務室でならよくやっていたぞ」


「やってた?て、もしかして……」


「さすがに飛び技はなかったが」


 指折り数えるのを聞けば、跳躍しての後ろ回し蹴り、腕を絡ませ肘関節を極める技、座っている相手に後ろから首に腕を回して締める技などなど。予想以上に高度な攻撃技を繰り出していたようだった。もちろん相手はダルドワーズさん限定らしいが。

 いやいやマジか。それでよく怒られたり追い出されなかったな。


「ダルと並ぶと大人と子供どころか、大人と室内飼いの犬か猫くらいの差があるからな。見た目は」


「そうねえ。可愛らしく戯れてるみたいに見えるわよね、傍目からだと」


「あー……、目に浮かぶ」


 筋肉の塊みたいな父ダダール・グルンに少し及ばないけれど縦にも横にも大きいガッチリした体付きのダルドワーズさん。顔も小さければ背も小さくて見た目だけは華奢なマドレーヌ。この組み合わせでは、目の前の戯れ合いが、下手すれば命懸けの技が繰り出されている最中だと思うまい。


「ダルドワーズさんは、それで?」


「躱さず受け止めてしっかり耐えてたぞ」


「我慢強いわね、相変わらず」


「心身の鍛錬にはもってこいの遊びだな」


「あれを遊びって言える人間に俺はなりたい」


 自分のことなら幾ら言われたって何とか耐えられた。でも、親のことになると駄目だった。近くに木剣があればそれで、無ければ拳でぶん殴って相手を黙らせた。それを続けていくうち、親は俺の後始末やら尻拭いやらでますます忙しくなって、俺は話す相手も居なくて、孤独になった。

 だから、あの村でも俺なんかの居場所はないと、思った。領主の家にまだ小さな女の子が居るならなおさら、暴力を振るうやつなんて、嫌われる。


 そう思ったのは、少しの間だった。


 木剣を振り回して暴れれば容易に剣を弾かれ。逃げればオニゴッコだとか言われて追いかけ回され。隠れようものならカクレンボね!と何やら数を数えたかと思ったら即、捕獲された。へばっていると高い木のてっぺんにするする登って食べ頃の果物を放って寄越す。


『お前は猿か!』


『ウキキキ!いでよー!筋斗雲(きんとんうん)!!』


『ばッ!馬鹿やろう!!そっから飛び降りるとか正気か?!!!』


 高い木の上から迷いなくぴょんと落下し、くるっと半回転して足から無事に着地するとか、誰が予想できるか。これまで野猿だのと散々揶揄されて来たが、これこそが本物の野生動物だと確信した。

 そうして安心したせいか何なのか、腹が痛くなるまで笑って、笑いすぎて泣いて、よく分からずに泣いて。泣き終わったら腹が鳴った。ああもう、全部が馬鹿らしくて、腹の底からすっきりした。


『お腹減ったねー。ごはん食べよ!今日はお帰りなさいといらっしゃいの、ごちそうだよー!』


 差し出された手は温かくて、柔らかくて。


『お前、俺が怖くないのか?』


『ううん、怖くないよ。なんで?』


『肌の色が、違う』


『紫外線から皮膚を守る力が強いタイプだね』


『…髪だって、色も暗くて縮れてるし』


『あー、もしかしてカットするときに断られちゃうの?櫛でほぐしながら切るといいって聞いたことあるんだけど、明日にでも聞いてみるね!』


『……さっき、剣を向けて』


『そうそう、気になってたの。あの持ち方だとすっぽ抜けて危ないよ!一緒にお稽古しない?』


 いちいちズレた返答に、こいつは全然、まったく、心の底から俺が何者かを気にしていないんだと、判った。

 そして多分、このときに、好きになったんだ。



「父さん。俺、強くなりたい」


 好きな女を守れるくらい強くなって迎えに行く。だから返事はその時に、聞かせてほしい。


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