ジョニー14歳、秋。~恋のはじまりはいつも唐突~
少女は蝶のように蜂のように。ひらりひらり舞っていたかと思えば一瞬の隙を狙って懐に潜り込み鋭く突き刺す。それは華麗な剣舞のようで。
青年は力強い輝きをもって気紛れな少女を誘い、自らの元へ惹きつける。それは情熱的な求愛のダンスにも似て。
「はぁ〜…」
王立学院にほど近い町。安下宿の一室でジョニーは今日、何度目かも知れない溜息を吐いた。
「ジョニーさあ、すごーく気が滅入るんだけど?」
領地が遠く王都邸も持たない貧乏貴族の子息を筆頭に家賃を節約したい若者ばかりが肩寄せ合って暮らす一軒家に、元より明るいニュースなどない。けれども顔と元気だけが取り柄の同居人が明らかに意気消沈しているのを見れば、ただでさえ無い気力が奪われるようだ。
「……済まない。気をつける。………はぁー」
「言ったそばからそれかい」
「あー、ちょっと放って置いた方がいいな。多分ソレ結構長引くぞ」
「なに?何か知ってんの?」
戦争寡婦が営むこの下宿で、ジョニー達はさして広くもない一室に無理矢理ベッド三台捻じ込んだ部屋を借りて暮らしている。先ほどから熱心に話しかけているのは同期入学の学院生だが、もう一人は少しだけ年上の青年で就職もしている。その彼はチョイチョイと手を動かして呼び寄せるとにんまり笑って、声を出さず口だけをぱくぱく動かす。
「『“こ”、“い”? 』ええーッ!?こいつが?剣術馬鹿のジョニーが?」
「シィッ!声がデカいっ!」
2人は慌ててジョニーを見遣るが、彼はぼんやり窓の外を眺めているばかりで此方を見ようともしない。
「様子は確かにおかしいけどさ、アイツに限って…。まさか相手は伝説の魔剣とか竜殺しの剣とか?」
ジョニーは家の事情から、入学と同時に脇目も振らず剣術に身を入れてきた。王都住まいで苦労知らずの女学院生にはそのストイックさもウケたらしく熱視線を送られることもしばしばだが、本人は靡く素振りもなく剣の腕を磨く毎日だ。出会いなど考えることなく、ただひたすらに。
「それがな、職場で話題になっててよ。どうやらあの第三部隊が剣術指南に来たらしい」
「?どっかの騎士団が自主練の邪魔しに来るってジョニーから聞いてるけど違うところなのか?」
「ああ、お前は文官志望だものな。第三部隊は家格こそ低いが戦力は王国軍イチ、陸上戦では負けなし最強なんだとよ」
青年はそう言うと、両手で剣を振る真似をしてみせた。
「ああ。ジョニーの第一志望の職場ってことか」
「ちっちっち。それだけじゃないんだ」
青年は勿体ぶった訳知り顔で人差し指を立て、左右に振る。
「この第三部隊ってのが辺境地担当でな。ジョニーの領地もたしか国境近くだろう?しかも数年前まで蛮族に襲われてた地方だ」
「ええっ?!まさか??!」
「まさかもまさか。たぶんな、今日たまたま指南に来たのがその時の兵士だったんじゃねえかな?」
男の職場は学院街にある紳士用の雑貨店。下働きとはいえ学院の話題に精通している。また、今日は指南を受けた学院生達がこぞって深緑色の小物ばかり買い求めたことで第三部隊の人気ぶりを目の当たりにしたという訳だ。
――が、彼は知らない。指南役2人がマドレーヌのことを固く秘匿せよと告げたことで、少女の存在はその場にいた皆の心の奥底に秘められ外部に漏れ出ることがなかった。そのため対外的には第三部隊や第二小隊の2人ばかりが熱く語られることになる。
「なるほどなぁ…。それじゃあ、どんなに想っても叶いそうもないな」
「だろう?ま、こういうのは時が解決するしかないからな」
「せっかくイケメンに生まれたってのに、想う相手が男なんて勿体ないな」
すぐそばでは真実に薄ら掠った勘違いが積み重なり確信に変わっているとは露ほども知らず、ジョニーは暮れゆく空をただ眼に映していた。




