マドレーヌ13歳、秋。~義兄の帰還~
「ただいま戻りましたお養父様、お帰りなさいダル義兄さま!」
帰るやいなや談話室に飛び込んだマドレーヌは入り口に背を向けて座る青年に後ろから思いっきり抱きつき、太い首に腕を回してぎゅうっと締める。
「ただいま可愛い妹よ熱烈な歓迎をありがとう待って首はほんとヤバい!ギブ!ギブ!!」
いつもより強めのスリーパーホールドをきっちり極められた青年は義妹の細い腕を手で数回タップして降参の意を示した。
以上が、小さい頃から変わらず続く2人の間の挨拶である。ちなみに技はその時々で変わるけれど、身長差がありすぎるので今いちバリエーションに欠けるのがマドレーヌの悩みでもある。
「もうお帰りになったのね嬉しい!」
「異動すんの俺だけだから引き継ぎ要らねーし、辞令渡されてすぐ出発したんだ。びっくりしたろー?」
仔犬みたいに戯れつく義妹の頭を撫で、ニイッと歯を出して悪戯坊主の笑い顔。親の授爵によって12歳で貴族の仲間入りをする前は、田舎の村のガキ大将、体力の続く限り野山を駆けずり回っていた彼は今も親しい人間に会う時だけはこの表情をみせる。
「ほんと驚いた!しばらく王都にいられるの?今日はもうお仕事はお休み?東の国境はどうだった?ケガとかしてない?」
ダル義兄さまこと、コメルシー男爵家の嫡男ダルドワーズ・コメルシー。父親譲りの灰茶髪に灰色の瞳に逞しい体つき、要するに男爵の若い頃そっくりで、男爵を古くから知るマドレーヌの母など彼が成長するに従って「実は分裂してたの?」と疑いを深めるくらいだ。現在は王国軍に籍を置き、ちょっとした事情からあちこちに駆り出されて勤務地がコロコロ変わる。
「お嬢様、坊っちゃまがお帰りになってお喜びなのは結構ですが先にお着替えを致しませんと」
「はあい、今行くわマーサさん!じゃあお養父様、ダル義兄さま、また後で!」
矢継ぎ早に質問を繰り出すマドレーヌは侍女頭のマーサに回収されて自室に向かう。男爵夫人と同じ年頃で普段からマドレーヌに厳しくも甘いマーサが登場するということは、これから父子2人、鍵のかかる私室に移動して重要な話をするらしい。談話室に居たのはマドレーヌが帰宅するまで待っていてくれたのだろう。
「そうだマーサさん、後でイーヨーのところに行くって約束してあるの。いい?」
「先ほど嘶いたのはイーヨーでしたか。お嬢様はそれで坊っちゃまのご帰宅をご存じだったのですね」
イーヨーは村にいる時にマドレーヌが初めて取り上げた仔馬で、今はダルドワーズの愛馬だ。遠くからでもマドレーヌを見つければ駆け寄ってきたり、鳴き声を聞かせてくれたり、懐いてくれている。灰色の毛だったからそう名付けたけれど、元ネタはロバだったと後から気付いた。
「そうよ厩舎からお帰りって言ってくれたの!イーヨーは賢いでしょう?それにとっても良い子だわ」
我が子のように可愛がっているマドレーヌに遠慮して誰も言わないけれど、イーヨーの本来の性格はわがまま放題の暴れん坊、気性が荒く気難しい馬だ。厩舎でもすぐ周囲を威嚇するので他の馬達はすっかり萎縮している。元野生児ダルドワーズを持ってしても振り落とされたり噛まれたり、はたまた不動の構えで微動だにせずといった具合で、乗りこなすまで相当に苦労したという。
それがマドレーヌの前では愛想を振りまき犬みたいにベタベタに懐くものだから、経験豊富な厩務員ですら思わず「馬も猫を被るのか」と呟くほど衝撃を与えたものだ。
「そうですねえ。イーヨーもきっと、お嬢様に会いたがっていますよ」
マドレーヌの髪を丹念に梳きながら、マーサは実感の籠った声で相槌を打つ。マドレーヌが顔を見せさえすれば、少なくとも一晩は男爵家の厩舎は平和になるのだから。




