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マドレーヌ13歳、秋。~デライト侯爵家のお家事情~

「やぁ、今日もお疲れさま」


「あ!ポルックス様、ご機嫌よう!」


 垂れ目の兵士は今日も学院街のカフェのテラス席で寛いでいる。なんでもビギナーコースの学院生の退校時刻と彼の休憩時刻がちょうど重なるとかで、決してサボっている訳ではないようだ。いつも何かしらやらかすマドレーヌにとって常に穏やかなポルックスはこの上ない癒しである。


「男1人で可愛いカフェにいると浮くでしょう?人助けと思ってよ」。お茶代を気にするマドレーヌにそう言ってくれたポルックスに甘えた格好で、2人のティータイムはすっかり恒例となってしまった。今日も今日とて、ポルックスは給仕におすすめのメニューを注文してくれる。


「馬車の時間まで間がないと思って、すぐ食べられるスイーツにしたよ」


 運ばれてきたのは、かぼちゃのタルトと穏やかな香りの紅茶。かぼちゃクリームの滑らかな口当たりと素朴な甘みが精神疲労を和らげてくれる。


「放課後たまたまデライト伯爵にお会いしちゃって…。偉い方とお話する機会なんて普段ありませんから、すごく疲れましたぁ」


 ポルックスも家格でいえば侯爵家と同等なのだけれど、そうとは知らないマドレーヌはタルトをモソモソと咀嚼しながらいつものように食レポじみた長めの独り言を呟く。ちなみに今日はホクホクとした皮の部分がクリームに混じっているのが特にお気に召したようだ。


「そういえば、伯爵の弟さんってどうしてビギナーに通ってるんです?侯爵家(えらいおうち)なら普通は家庭教師をつけますよね?」


「あぁ、そうか。マドレーヌ嬢は王都に来て間もないんだっけ。コメルシー男爵も噂話を好むような御仁ではないし」


「はい。お養父(とう)様は無責任な言動を厭うので。…もしかして有名な話なんですか?」


「そうだねぇ。まあ、いずれ耳に入るだろうから、尾鰭がついたものでなく正確なところを教えておくね?」


 珍しく苦虫をかみつぶしたような表情で、ポルックスはゆっくり話し始めた。


 *****


 デライト侯爵家は三兄弟のうち、末っ子だけ母親が違う。彼の母親は前妻の存命中から侯爵が外に囲っていた愛人で、到底、侯爵家に嫁げる身分ではなかった。けれど侯爵は前妻が流行病で亡くなったのを幸いに、喪も明けないうちにその愛人を後妻として招き入れ、子供までもうけてしまう。これが、その子の悲劇の始まりだった。


 王国では、子供が12歳を迎えるまでに親―王侯貴族では主に母親―が最低限の躾を施す習わしがある。これ自体は貴族でも平民でも変わらない。しかし、社会的な階級が上がるほど()()()の範囲は広がり、高位貴族になると母方の家系には高名な講師を招くことのできる財力、人脈、縁故(コネクション)が求められる。

 けれど、10代のうちから囲われた新夫人に侯爵位に相応しい家庭教師を呼ぶ伝手があるはずもなく、一度も嫁がず愛人になったことで実家とは縁を切られている。実家からすれば、娘の嫁ぎ先も満足に探せない家、ワケあり娘を輩出した家、持参金も持たせてやれない家、と悪い評判が立つわ他の家族の縁談や就職にも響くわ、散々迷惑をかけられたのだから仕方ない。なにしろ、貴族の愛人となるなら一度()()()()()()()()()に、公然と寵を受けるのが社交界での暗黙の了解なのだ。


 そんな常識も知らず、未婚のままで年上貴族の愛人になった新夫人だ。大人の世界を生き抜くために必須な常識だとかが備わっている筈もなく、侯爵も子供たちの教育を前夫人とその実家に丸投げしていたから、末っ子が全く教育を受けていないことに気づくのは遅れに遅れ、結婚して別邸を構えた長男に指摘されて漸く知る有り様。


 慌てて家庭教師を雇ったものの、甘やかされて我慢知らずに育った子供がおとなしく授業を受けるはずもなく。癇癪を抑えるのに1年、授業中ずっと椅子に座っていられるようになるまで1年、王国語の基本的な読み書きの習得に1年、公の場でのマナーを身につけるまで更に1年。なんとか人前に出せるようになった頃には14歳を迎えていた。この間、優秀な家庭教師が次々と辞めていく。()()の教育をしたのが自分だと知れたら教師稼業に障るのだから当然だ。


 本来ならば、とっくの昔に同年代の知己を得ていておかしくない年齢だけれど、母親である新夫人は非常識かつ傲慢な振る舞いで他家から嫌われていたし、長男が結婚してからはその妻が実質的なデライト侯爵夫人として社交を担っている。父侯爵の縁故を頼ろうにも、下手に手を貸せば前妻の実家や優秀な長男の不興を買うこと必至。早期の当主交代も囁かれており、デメリットしかない案件に手を出す貴族はいない。


 そうした事情から末っ子は他家との縁を結べず、貴族の友人はおろか顔馴染みもいない。家庭教師も寄り付かないので教育も滞ったまま。この状態で社交界デビューさせるのは侯爵家の恥を晒すだけだとする長男の判断でデビュタントを1年遅らせ、ビギナーコースに放り込まれたのだ。


 *****


「でもあの通りでしょう?卒業できるかどうか。たとえ出来ても、その後がね」


 三男の彼は将来、家を出て自活しなくてはならない立場だ。優秀ならば婿にと望まれるだろうし、凡庸でも常識さえあれば文官でも武官でも、侯爵家の力が及ぶどこかに潜り込ませることはできる。けれど暗愚ならば、家の醜聞(よわみ)にならないよう領地の片隅か地下牢か、とにかく他家の目に触れない場所に閉じ込めておくより他ない。――現侯爵夫妻のように。何故か新夫人は家柄も能力も非の打ち所がない長男を差し置いて、自分の子が家を継ぐものと思っているらしいけれど。


「つくづく、教育って大事ですねぇー」


 侯爵家の威光を笠に着る無知蒙昧な母親によって10歳まで野放図に育てられたから()()なったのか。合点がいくと同時に憐憫の情すら浮かぶ。


「ねぇ。間一髪救われたことで意識が変わるといいんだけれど」


「うーん…なんか、拗らせてそうな気もします」


 嫌な勘ほど良く当たる。そのことを身を持って知る羽目になるとは、今のマドレーヌはまだ知らない。

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