マドレーヌ13歳、秋。~不意打ちの床ドン~
学院生活4週目。
マドレーヌはキョロキョロ辺りを見回しながら小走りで校舎脇から剣術場に通じる小径に向かい、服が汚れるのも構わず美しく刈り整えられた植え込みに入っていく。いつもより早い時間に登校したジョンは挙動不審極まりない一部始終を目撃してしまった。
「どうしたんですかマドレーヌ様?こんなところでッ!?」
「シィーっ!こっちきて早く!」
強引に植え込みの陰に引っ張り込んだジョンも巻き込んで芝生の上でうつ伏せになったその直後、ドタドタと騒々しい足音が近づく。
「シショー!貴女の弟子のジョニーです!何処ですか師匠!!」
大きな体をフルに使った大股と大声量で剣術場を隈なく探した脳筋男は、マドレーヌが居ないのがわかるとがっくり肩を落としてトボトボ去っていく。足音だけでそれを確認したマドレーヌは、安堵感からガクっと脱力し――
「ひゃあ!?」
「わぁ?!ごめんなさい!!」
下にいたジョンに思いっきりぶつかり、正しくはささやかに存在を主張する胸でジョンの顔を圧迫する格好になった。予想外の攻撃に甲高い悲鳴をあげるジョンに、マドレーヌは慌てて身を起こして上から飛び退く。
「いっ、いえ!だい、じょぶ、デス」
アクシデントとはいえ押し倒され、抱きつかれ、剰え親密に触れ合ってしまったジョンの心臓は破裂せんばかりに高鳴る。間近に見るマドレーヌの体はとても小さく、けれども女性らしい膨らみがあり、その柔らかな感触は離れた今もしっかりジョンの体に残っている。つまり、心身共に健康な少年という観点からいえば、全くもって大丈夫ではなかった。
「本当にごめんなさい!重かったですよね!体痛めてませんか?」
「いいえ、軽すぎて羽が生えているのかと思いました」
長いまつ毛に縁取られた大きな菫色の瞳が心配そうに見つめるせいで妙なセリフを口走ったジョンは咳払い一つして、その辺に散らばった理性を拾い集める。
「えっと、先程の彼はたしか剣術の?」
「そうです。朝からずっとあんな調子で…」
校舎前で顔を合わせるなり師匠呼ばわりされ、何やら滔々と喋っている途中でさっさと逃げ出し逃げ回り、植え込みの後ろに隠れてやり過ごし、今に至る。
「そういえば今日はモニカ様はご一緒ではないの?」
「休日に発熱されたそうで、大事をとって本日はお休みです」
「そうなの?!心配だわ、早く快癒されるといいけれど」
「大丈夫です。ご本人は至って元気ですから、明日には登校されますよ」
マドレーヌの乗馬服姿や剣を振るう姿にすっかり骨抜きになり、帰りの馬車もぽーっと上の空。要するに医者も治せぬ恋の病とやらで、今朝方には本人の字で『思い出しては赤面するものだから、家族が心配して元気なのに通学できない。明日までには意地でも赤面を治す』と短い文が届いた。
「「あっ」」
互いの状況を報告していた2人の頭上高く、授業の始まりを告げる鐘が鳴り響く。
「ごっ、ごめんなさいジョン様の授業を妨害してしまいました。どう償えばいいか、あの」
真っ青になって謝る表情を見たジョンの中に、少しだけ悪戯心が芽生える。
「ともかく。マドレーヌ様、ここでは何時また彼がやってくるかわかりません。中庭に行きませんか?アレは庭園に足を踏み入れるタイプではなさそうですし」
「あ!たしかにそうですね」
剣術場はジョニーの縄張りのようなものだ。空き時間に練習に来ることだって考えられる。その点、整えられた植木や色とりどりの草花が咲く花壇、大小幾つもの東屋がある落ち着いた庭園なら脳筋男が足を踏み入れるとは考え難く、落ち着いて身を隠せそうだ。
「でね?マドレーヌ様にひとつ、お願いがあるのです」
「わたしに?わかりました。でも、ジョン様のお役に立てることなんてないと思うのですけど」
「ありますよ。…庭園に着いたら、お話しますね?」
生まれたての雛鳥のように安心しきった無防備な姿。けれど目の前に居るのは思春期の男だと、紳士を装ったケモノだと、教えてあげる必要がありそうだ。ジョンはマドレーヌの乱れた髪を優しく摘んで整えると、そっと撫で下ろした。




